陽だまりの子

Child In The Sun

2012-01-01から1年間の記事一覧

五色の山 - 西の金の山 第6話

この山には古くから黄金の鉱脈があり、その坑道の入り口間近には一宇の堂が物古びた様子で建っている。そこには堂の守をする類という青年が一人住んでいた。色褪せた浅葱の袴に豊かな黒髪を頤の線で束ね、堂の内でいつも静かに見台に対し、古記録を読んでい…

五色の山 - 西の金の山 第5話

この金の山はそのまま金塊と言ってよいほどの豊かな鉱脈に恵まれていた。露天掘りでそのまま掘り出す黄金で町は富み栄え、絢爛と狂奔のうちに繁栄の日々が続いた。 絶壁の上に類は立っている。飛び降りるのだと言う。彼は先祖代々築き上げた富を今夜、博打で…

五色の山 - 西の金の山 第4話

西の金山には一つの鏡が埋まっている。 その鏡はその山の麓に住まいする類という美しい青年の持ち物であった。その鏡は差し渡し八寸、中央のつまみは麒麟が蹲った形をしており、つまみの四方に亀・龍・鳳・虎が、それぞれの方角に鋳出され、その外側にはさら…

五色の山 - 西の金の山 第3話

金山の麓に住まいする女が病に罹った。左脇の下に腫物ができて、それが酷く痛むのだという。微熱が続き、女は次第に痩せ衰えていった。薬餌及ばず、鍼灸も至るあたわず、病膏肓に入らんとするとき、殿医がそこに通りかかった。彼が黄精を搗き、酢で練ったも…

五色の山 - 西の金の山 第2話

金山の麓の国に類という青年があった。大層な美貌であったが、いつもその黒髪を両肩に捌き、長い裳裾をつけ、山野を徘徊していたために寄る者はなかった。 ある日、類が山に入り薬草を採っていると、村人の一群と出会った。彼らも薬草を採りにこの山に入った…

五色の山 - 西の金の山 第1話

まだ天と地が分かれて間もない頃、空には太陽なく月なく、また星もなく、ただ大地から発せられる茫漠とした金色の光が虚空を満たしていた。 その地を耕す類という少年がいた。彼に両親はなく、その素性も判然としない。類は一人、村外れの藁葺の小屋に住まい…

五色の山 - 南の赤い山 第5話

お庄屋の葬式は盛大なものだった。その葬式に、このお縫もいた。 大きくなった。神主と目が合うと、お縫は嬉しそうに笑う。ただ、毎日笑って花を手折っているだけの、何の害もない一人の娘をこうして死なせねばならぬのか。思わず神主の目から涙が溢れた。 …

五色の山 - 南の赤い山 第4話

神主の袖を握って、お庄屋は言った。 「これ以上の生贄は無理だ」 部屋には病人の饐えた体臭と、薬包紙の乾いた匂いが立ち込めている。病人は頻りに咳き込んだ。黄色く濁った目は、頻りに瞬きを繰り返す。 「お前はこの生贄が何故始まったか知っているか」 …

五色の山 - 南の赤い山 第3話

お縫は、手を引かれ笑いながらやってきた。その後ろから白い馬が牽かれてくる。 境内には村の若衆が満ち満ちている。言葉を発するものは誰もいない。降りかかる灰を払おうともせず、熱っぽい眼差しで正殿をじっと見つめている。 正殿の中では、数人の巫女と…

五色の山 - 南の赤い山 第2話

「今年も閏年だ」 と、誰かがぽつりと言った。 「そうだ、今しかない」 「山神を静めるのは、今このとき」 「夏至は今宵だ」 しかしな、と神主が口を挟んだ。 「お庄屋は、この生贄に臨終の間際まで異を唱えておった。このような風習は一刻も早く止めるべき…

五色の山 - 南の赤い山 第1話

ちらちらと灰色の破片が空から落ちてくる度に、農夫たちは溜息をつく。 「またじゃ、今年もまた駄目じゃ」 「いっそのこと、この地を捨てて……」 「何を言う、先祖伝来のこの地を捨てると言うのか」 みるみるうちに日は陰り、姿を消す。 「そうじゃ、この灰も…

五色の山 - 東の青い山 第5話

丑三つを過ぎてまだ幾らも経たぬうちに、父と娘の二人は起き出した。父が朝の行があると娘を起こしたのである。娘は井戸で顔を洗うと、身支度も早々に父の後について歩き出した。父は杖一本ながら、慣れた道なのか、険しい道をものともせず、すたすた歩き続…

五色の山 - 東の青い山 第4話

哀れなるかな悲しむべきかな、父の目は既に潰れていた。 「ああ、如来の秘薬をもってしても目の病は癒えませんでしたか」 娘の声が絶望に曇る。父は自分の袂を握る娘の手を辿り、その柔らかな頬に触れるとさもいとおしそうに娘の顔を撫でた。 「この寺に伝わ…

五色の山 - 東の青い山 第3話

案の定、娘はともに行こうという主人の申し出を固く断った。 「昨日は思いもかけぬ丁重な接待を受け、これ以上のお世話はかけられませぬ。青山寺にはわらわ一人で参ります」 「どうしても断るというのなら、同道ということではどうじゃな。わしも久しくあの…

五色の山 - 東の青い山 第2話

夜、囲炉裏を中に先程の嫗と一人の年老いた男、娘の三人が座っている。鍋に雑炊が煮えていて、娘は木匙をふうふう吹いて、鉢から雑炊をかき込んだ。 「まだ幼いのに、実に感心なことじゃ」 男は自分の顎鬚をゆっくりと撫で、白湯を啜って息をついた。遠く平…

五色の山 - 東の青い山 第1話

汚れた脚伴に六角の杖ついて、陽炎の中、一人の巡礼がやってくる。頭上の笠にも背中の笈にも夏の日差しは過酷に照りつけ、巡礼の頤から玉のような汗が滴り落ちる。水田の面からゆらりと立ち上る蒸気に幾つかの茅葺の屋根を認め、巡礼は一つ息をつく。切り絵…

五色の山 - 序

東には草繁る青い山、南には赤く燃え盛る赤い山、西には白く輝く金の山、北には満々と水を湛えた池を抱いた黒い山、そしてその四つの山の真ん中に一際高く聳え立つ砂塵吹く黄色い山があった。 其々の山が其々の地にいつ現れ、いつその形を成したのか、知る者…

100. その形

私の書く文章は、標本のようなものだ。私の夢の拓本、押し花。私は夢の形をそのまま残そうと、その形を文字という手で紙に押し付ける。私は画家でも彫刻家でもないし、写真家でもない。自分の目に見えるものを他人に見せるには文字でそのイメージを縁取り、…

099. 1つと無い

シャーリーンは自分が死ぬことを信じなかった。死ぬことを信じなかったので、死と向き合う前に彼女はこの世を去った。彼女が死んだのは夏の終わりで、彼女の庭にはまだバラが咲き残っていた。シャーリーンは花を育てるのが上手だった。自分の身の回りのこと…

098. 無駄な夢

降り始めの細かい雨が、車のヘッドライトに浮かび上がり、アブラムシの群れのようだと僕は思う。自分の手には紺色の古ぼけた傘、行き違う様々な色の車。 ここ数日、腸の底まで腐ってしまいそうな雨が続いたが、今日の雨はさわやかだ。第一、雨粒が冷たい。そ…

097. 息を止めた

机の下から、昨日飲まなかった錠剤を見つけた。寒波で冷え切った部屋で湿気た様子もない。このまま埃を払って飲んでも平気だろう。ただ私は今、その錠剤を飲んだばかりなのだ。毎朝、私はこの錠剤を飲むことにしている。処方量は一日一錠。今日、これを飲ん…

096. クローバー

どうしてもやまない雨、だんだん沈んでいく気持ち、凍りついたように冷たく強張った私の両手。ああ、だめだ。このままじゃだめだ。傘を広げて家を出た。さっきまで窓を叩いていた雨は私の傘の上でころころ転んでいる。そうだ、L&Pを買ってこよう。デイリーま…

095. 苦笑

雨が桜の花も何もかも押し流してしまった。若葉にはまだ早い新芽が木の間に漂っている。 「今日も何も予定がないの。つまんない」 少年は自分の靴下の先を引っ張りながら口を尖らせた。さっき自分で焼いて食べたホットケーキのせいですっかり眠い。でもこの…

094. 限りある

一人の部屋で、コロナを空ける。誕生日に買って残っていたコロナだ。あの日は、ケーキを食べてワインを飲んで、中途半端なセックスをして寝てしまった。彼が一緒だった。 でも、他にもあの日したかったことがたくさんある。ケーキだけではなく、私も彼も大好…

093. 遥か彼方

「何であの仕事辞めたの?」 理由は特にないんだけど……、と久しぶりに会った女友達は言いよどむ。彼女が時間ができたので会おうと電話してきたのが昨日。長く会っていなかったので飛んできてみればこれだ。仕事を辞めたと切り出されても私にはどう応えていい…

092. いつかどこかで

林檎と水だけの夕飯を済ませてしまうと、私はベッドに飛び込んだ。ぎしぎしいうスプリングと鉄のフレーム。部屋は冷え切っている。「週に5ドルなら上等だわ」と言って借りたこの部屋が寒々しく感じられるのは、嵐の夜でもなく、霜の降りた朝でもなく、今日の…

091. デイ

靴下をぽとんと洗面器に落とすと、ぬるま湯のうちにさっと赤い斑紋が広がった。血だ。 階段で派手に転んで救急車で病院に運ばれた。爪がはがれていただけで傷は大したことはなかったが、それでも目が覚めるほどに痛い消毒液で下半身が痺れるまで消毒され、ガ…

090. スロウモード

履歴書を書いていて職歴に差し掛かると、誰かに心臓をぎゅっと掴まれるような陰惨な痛みを胸に覚える。自分が如何に無能な人間か。5年も仕事をして口に糊して世を渡ってきたのに、自分の時間はわずか数百字程度の文字にしかならない。仕事のその場では自分の…

089. 泡(2)

マグ、聞いてほしいことがある。聞きたくないならいいんだ。黙って頷いていてくれるだけでいい。俺の話が終わるまでそこにいてほしいんだ。俺が悪い夢ばかりを見る病気なのは知ってるだろう。今日は、最近見るようになった悪い夢の話をひとつさせてくれ。こ…

089. 泡(1)

私は不安のさざめきの中に自分を見出す。不安は海のように私の体の上を覆ってしまっていて、私の体は波間の底にわずかに見えるだけだ。私の体の形も、波の打ち寄せる影に頼って幾許かその様子を推し測ることができるのみ。不安は私の体を彫刻する。不安の波…