山とどろく咆哮が聞こえ
私は目を覚ます
虎がやってきた
月日を見失うほど遠い昔
虎は私を殺して食べた
湖に浮かぶ月影だった私を
殺されること
食われること
そこに恐怖はなかった
夜に聞こえる千万(ちま)の声のひとつになること
季節のめぐりにさざめく魂のひとつになること
私は此岸を離れた
星流れ落ちる山影に
虎はいる
すべやかな金色の毛皮
闇を取りこんだ青い瞳
幾多の鳥獣を牙にかけ
臓腑を引き裂いた爪研いで
虎はますます美しい
虎は水面をのぞきこむ
泡立つ波間に三日月は細すぎて
星のまたたきのよう
風も雨もなく
湖が鏡のように凪ぎわたったあの夜
虎は私を殺して食べた
あの夜
月影の私は
月そのもののよう
輝き
虎よりも美しかった