陽だまりの子

Child In The Sun

2011-12-01から1ヶ月間の記事一覧

010. 水

悲しい歌はもう、聴きたくない。頭から布団をかぶって、テーブルの上に蝋燭をひとつだけ灯し、部屋の電気は消してしまって、私はずっと一人でいる。グラスの水に浮かべた蝋燭が崩れる蝋の重みで時折大きく傾ぐ。私の影も大きく揺れる。訳もなく、悲しい気持…

009. 鏡

008. 夜

私の遣う言葉で、多いのが「夜道」という言葉だ。仕事の帰りがいつも遅く、明るいうちには家に戻れないということに起因していると思う。それなら朝の通勤は覚えていないのかと聞かれると、大体いつも同じ時間に出勤していると、道をすれ違う小学生から、ク…

007. 星

私は少しずつ自由になる。少しずつ自由になって、いつの日にかこの命の輪廻からも自由になって遠い空を時間を超えて漂い続けるひとつの星になるのだ。時間を計る光もない、距離を測る明るさもない、何も見えない何も聴こえないただ漆黒の宇宙を漂う星になる…

006. 庭

私は人より苦労したと思う。私は人より辛酸を舐めたと思う。何人かの人は確かにそれを認めているし、自分自身の実感も確かにある。ただ、それが本当に苦労したと辛酸を舐めたと絶対の評価を下す人間には私はまだ出会っていない。今日は雪だ。雪が降っている…

005. 道路

薬を飲んでいても、衝動が止まらないときがある。目の前の車列に線路に、自分の魂が飛び込んでいって粉微塵になる瞬間が見える。私の体はここにあるのに、私の魂が目の前で機械に挽かれて内臓を曝け出して、痙攣して死んでいくのが見える瞬間がある。自分の…

004. 鍵

「殴られたままで黙っている女だと思ったか」 足下の男の頬に唾を吐きかけて、私は自分の手を開く。指の間から、男の髪がばらばら落ちる。毛根には血がこびりつき、私は快哉を叫んだ。男は震えている。まだ立ち上がるには時間がかかる。 からんできたのは男…

003. 音楽

一日の終わりに隣の部屋を気にしながら、そっと楽器を取り上げる。日によって、楽器はウクレレだったりブルースハープだったり、ギターだったりするのだが、することは変わらない。自分の頭に残っている楽譜から曲を選んで、メロディを断片を手元の楽器でな…

002. 椅子

死んだ祖母は美容師だった。 葬儀が終わって、私は制服のまま自宅兼美容室に戻った。美容室の住所録からお得意様の住所を調べて、祖母が死んだことを知らせるためだ。電話するのは、数件でいい。電話がつながらなければ葉書にしよう。 新聞屋から貰った小さ…

001. 暁

今日は何の誘いだ、ジョーカー。もうカードならやらないぜ。ああ、俺か。俺はいつもの通りさ。母親から来た手紙を読んで、破って捨てているんだ。前にも話したろう。俺の母親が何やら怪しげな宗教にすっかりはまっちまってることを。今日もそのカミサマの言…

人魚 第11話

数日後、海から引き上げられた母親の車からは言い知れない臭気が漂った。遼子はけして中を見なかった。母親と弟の遺骸は荼毘に付され、白茶けた骨が墓に入った。呆けたように「助けられた」と繰り返す遼子は、職員に手を引かれ施設に入った。 遼子は心中する…

人魚 第10話

「私、きっと思い出すわ」 ペンギンのぬいぐるみを見て、小さな赤ん坊が声を上げた。赤ん坊を抱く母親は遼子にちょっと笑いかけて、言葉がまだ通じない赤ん坊にペンギンについて話し始めた。 「ペンギンは南極にたくさんいるのね」 遼子はなぜかその親子から…

人魚 第9話

水族館のペンギンの檻の前、私は一人助かって孤独だった。みぞれ雨がべしゃべしゃ降り出して、ずぶ濡れの私はくしゃみをした。全身から海のにおいがした。 「私はもう死んだ方がいいの?」 人魚のくれた力で私ははっきり話すことができた。 「どうして。一人…

人魚 第8話

そうだ。思い出した。私は車で海に飛び込んだんだ。車を運転していたのは母だった。私は弟と二人で後ろの席に乗っていて、二人で飴を舐めていた。母親はガードレールの途切れている道路を何度も往復して、それから何か思い切ったようにアクセルを踏み込んで…

人魚 第7話

どうしても思い出せない記憶を探ろうと、遼子は自分の拾われた水族館に出かけた。土曜日の水族館は親子連ればかり、カップルは存外に少ない。何組かの睦まじい男女は若く、大学生だろう。遼子は自分のハンドバッグを両手で握って足早に館内を過ぎる。熱帯魚…

人魚 第6話

私はずぶ濡れでペンギンの檻の前に立っていた。雨に濡れたのではないとしたら、考えられることは二つ。あの水族館の近くの池か噴水に落ちて濡れてしまったということだ。そしてそのままペンギンの檻の前にやってきた。もうひとつはどこかの水場に落ちて濡れ…

人魚 第5話

遼子は食堂に戻り、ビールを注文した。おかみさんが盆に中瓶とコップを載せてよちよちやってくる。 「おかみさんは思い出したくないことってある?」 いいや、とおかみさんはかぶりを振って向こうへ行ってしまった。私は思い出したくないことを思い出さない…

人魚 第4話

遼子は傘を差して港に来た。食堂から五分と歩いていないのに、もう手先がかじかんできた。冬が近いのだ……。人気のない港をヒールの音を響かせて歩く。海はいくつもの波紋を落として静かだった。遼子は船と船との切れ間に眼を凝らしながら進んだ。イルカの影…

人魚 第3話

遼子は一人暮らしなので、夕飯は外で食べるか簡単なものを家で作るかのどちらかだ。最近は仕事が立て込んで帰りが遅くなることが多いので、家の近くの食堂で夕食を取ることが続いていた。海の近いこの食堂は毎日新しい魚を出してくれるので、遼子の気に入っ…

人魚 第2話

遼子は捨てられた子供だった。水族館のペンギンの檻の前に捨てられていた。自分を捨てた親の顔は覚えていない。だが、その日の天気ははっきり覚えている。冬の始まりの暗い午後だった。雪混じりの冷たい雨がべしゃべしゃと水溜りに落ちて、ペンギンがプール…

人魚 第1話

秋雨の冷たい午後にマスクをはずして外に出る。今日で三日も太陽を見ない。遼子は雨に濡れた鉄柵に両手をかけて、ぐっと伸びをした。憂鬱、オフィスに戻りたくない。コーヒーを飲んでもコーラを飲んでも、この喉に詰まった重い塊はどうしても取れない。 憂鬱…

You Don't Have To Say You Love Me - Dusty Springfield

When I said I needed you You said you would always stay It wasn't me who changed but you And now you've gone awayDon't you see That now you've gone And I'm left here on my own That I have to follow you And beg you to come home?You don't ha…

灰とダイヤモンド

灰とダイヤモンド〈上〉 (岩波文庫)作者: アンジェイェフスキ,Jerzy Andrzejewski,川上洸出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 1998/07/16メディア: 文庫 クリック: 1回この商品を含むブログ (8件) を見る 灰とダイヤモンド〈下〉 (岩波文庫)作者: アンジェイェ…

エンジェル・アト・マイ・テーブル

エンジェル・アト・マイ・テーブル〈1〉作者: ジャネットフレイム,Janet Frame,中尾まさみ,虎岩直子出版社/メーカー: 筑摩書房発売日: 1994/02メディア: 単行本この商品を含むブログ (1件) を見る エンジェル・アト・マイ・テーブル〈2〉作者: ジャネットフ…

夜と霧―ドイツ強制収容所の体験記録

夜と霧――ドイツ強制収容所の体験記録作者: V.E.フランクル,霜山徳爾出版社/メーカー: みすず書房発売日: 1985/01/22メディア: 単行本購入: 8人 クリック: 76回この商品を含むブログ (95件) を見る 『ポーランド文学の贈りもの』を読んでから、アウシュビッツ…

ポーランド文学の贈りもの

ポーランド文学の贈りもの作者: 関口時正出版社/メーカー: 恒文社発売日: 1990/01メディア: 単行本 クリック: 12回この商品を含むブログ (1件) を見る 『灰とダイヤモンド』を読んでからしばらく経って、アンジェイエフスキの他の作品をどうしても読みたくな…

I'll Never Find Another You - The Seekers

There's a new world somewhere They call The Promised Land And I'll be there some day If you will hold my hand I still need you there beside me No matter what I do For I know I'll never find another youThere is always someone For each of us…

The End Of The World - Skeeter Davis

Why does the sun go on shining Why does the sea rush to shore Don't they know it's the end of the world 'Cause you don't love me any moreWhy do the birds go on singing Why do the stars glow above Don't they know it's the end of the world I…

As Tears Go By - Marianne Faithfull

It is the evening of the day, I sit and watch the children play. Smiling faces I can see But not for me, I sit and watch as tears go by.My riches can't buy everything, I want to hear the children sing. All I hear is the sound Of rain falli…

Don't You Ever Leave Me - Hanoi Rocks

The nights are wearing me down And it's hard getting through the day 'Cos I need you right now And right now you're so farawayI guess I should have known That I'd end up this way But I swear I'll come home And then nothing will drag me awa…