陽だまりの子

Child In The Sun

字書きさんに100のお題

016. 陽射し

子猫を飼いたい。小さな猫がいい、これからどれぐらい大きくなるか楽しみだから。毛並みのきれいな猫がいい、これから何千回何万回もその背中を撫でるのだから。毛の色は黒がいい、闇からそのまま抜け出たような透き通る黒。向こうの見えない墨色の猫は少し…

015. カレンダー

俺は傷ついているのではなくて、怒っている。そこは勘違いしないでほしい。差別されることは当然と自分では納得している。知っているか、「差別」は元来「区別」と同じ意味だったんだ。違いを知って、それに基づいて物事を分別する。「理解」するに近いのか…

014. 虹

少し、昔話をする。小学校の同じクラスに、今の私と同じ病気の子がいた。男の子だった。その子の様子がおかしくなってきたことには皆気づいていたが、原因としては風邪を引いたのだろうと思い至ることが精々で、彼のことを誰も理解できなかった。男の子はし…

013. 通り雨

この業界に身を置いていると、割と頻繁に同僚との別れを経験する。ある人は同じ業界の別の会社に移り、ある人はまったく違う業界のまったく違う職種に移る。たまに同じ業界の違う職種に移る人もいるが、これはあまり多くない。今日も一人の同僚の退職が発表…

012. 曇

ジルベールは鏡のようにワックスで磨きこまれたグランドピアノの蓋に手をついて舞台に立っていた。満員の観客に背を向けて…。グランドピアノの前では彼の恋人のマリグラスが彼の田舎の童歌をゆったりと奏でている。二人はこう話し始める。 「アラン、私は思…

011. 滴

古めかしい洋食レストランの地下1階で僕はウィスキーをちびちび舐めている。眠い。ここ最近、昼夜問わずひどい眠気が絶えず襲ってくる。目を覚ましているためには、しっかりと両手を握って自分の意識が遠のかないように自分の脳味噌をじっと見張っている必要…

010. 水

悲しい歌はもう、聴きたくない。頭から布団をかぶって、テーブルの上に蝋燭をひとつだけ灯し、部屋の電気は消してしまって、私はずっと一人でいる。グラスの水に浮かべた蝋燭が崩れる蝋の重みで時折大きく傾ぐ。私の影も大きく揺れる。訳もなく、悲しい気持…

009. 鏡

008. 夜

私の遣う言葉で、多いのが「夜道」という言葉だ。仕事の帰りがいつも遅く、明るいうちには家に戻れないということに起因していると思う。それなら朝の通勤は覚えていないのかと聞かれると、大体いつも同じ時間に出勤していると、道をすれ違う小学生から、ク…

007. 星

私は少しずつ自由になる。少しずつ自由になって、いつの日にかこの命の輪廻からも自由になって遠い空を時間を超えて漂い続けるひとつの星になるのだ。時間を計る光もない、距離を測る明るさもない、何も見えない何も聴こえないただ漆黒の宇宙を漂う星になる…

006. 庭

私は人より苦労したと思う。私は人より辛酸を舐めたと思う。何人かの人は確かにそれを認めているし、自分自身の実感も確かにある。ただ、それが本当に苦労したと辛酸を舐めたと絶対の評価を下す人間には私はまだ出会っていない。今日は雪だ。雪が降っている…

005. 道路

薬を飲んでいても、衝動が止まらないときがある。目の前の車列に線路に、自分の魂が飛び込んでいって粉微塵になる瞬間が見える。私の体はここにあるのに、私の魂が目の前で機械に挽かれて内臓を曝け出して、痙攣して死んでいくのが見える瞬間がある。自分の…

004. 鍵

「殴られたままで黙っている女だと思ったか」 足下の男の頬に唾を吐きかけて、私は自分の手を開く。指の間から、男の髪がばらばら落ちる。毛根には血がこびりつき、私は快哉を叫んだ。男は震えている。まだ立ち上がるには時間がかかる。 からんできたのは男…

003. 音楽

一日の終わりに隣の部屋を気にしながら、そっと楽器を取り上げる。日によって、楽器はウクレレだったりブルースハープだったり、ギターだったりするのだが、することは変わらない。自分の頭に残っている楽譜から曲を選んで、メロディを断片を手元の楽器でな…

002. 椅子

死んだ祖母は美容師だった。 葬儀が終わって、私は制服のまま自宅兼美容室に戻った。美容室の住所録からお得意様の住所を調べて、祖母が死んだことを知らせるためだ。電話するのは、数件でいい。電話がつながらなければ葉書にしよう。 新聞屋から貰った小さ…

001. 暁

今日は何の誘いだ、ジョーカー。もうカードならやらないぜ。ああ、俺か。俺はいつもの通りさ。母親から来た手紙を読んで、破って捨てているんだ。前にも話したろう。俺の母親が何やら怪しげな宗教にすっかりはまっちまってることを。今日もそのカミサマの言…