陽だまりの子

Child In The Sun

五色の山 - 南の赤い山 第2話

「今年も閏年だ」
と、誰かがぽつりと言った。
「そうだ、今しかない」
「山神を静めるのは、今このとき」
「夏至は今宵だ」
しかしな、と神主が口を挟んだ。
「お庄屋は、この生贄に臨終の間際まで異を唱えておった。このような風習は一刻も早く止めるべきだとな。そして、自分の息子にもこの生贄のことは秘して語らなんだ」
「その結果がこれだ!」
がたん、と誰かが立ち上がる。いつの間にか日は暮れ、影ばかりになった声が異口同音に木霊する。冷たい檜の床にもどこから入ったのか、薄い色をした灰が微かに黴のように積もっている。
「ある家は殺さずともよい子供を水に沈め」
「ある家は代官の取立てを苦にして心中した」
「あの家の娘は灰で胸を悪くした」
小僧が、蝋燭に火を点す。
「生贄さえ捧げればこの村は元に戻る。山は静かになり、田畑は豊かに実る」
「閏年に娘一人、それぐらいの贄で済むならば却って有難いほどだ」
「緑の山を田畑を、赤や黄色の鮮やかな木の実を」
「風にそよぐ黄金の稲穂を」
「もう幾年、我々は見ないのか」
「生贄を!」
「そうだ、生贄を!」
 神主は変わらぬ渋い顔。
「しかし、妙齢の娘と言っても……」
何、簡単さ。せせら笑って一人が言う。蝋燭の明かりで、その歪んだ面が朧に見える。声の方向を一斉に注視する一同。
「山が毎年火の粉と灰を降らせ、このように民を苦しめているのは、ひとえにこの十二年、生贄を捧げなかったためだ。ひいては十二年前のお庄屋の遺言のためだ」
そうだ! 誰かの声。ここに女はいない。「しかし、お庄屋は死んだ。ならばお庄屋の家の者に──あの一人娘にその罪を贖ってもらえばいい」
「なんと」
「そりゃあいい」
「気違いなら惜しくないさ」
 お庄屋の遺された一人娘、お縫は四年前の熱病が元で正気を失った。花を摘み、花を毟り、同じ唄を唄って、日を送っている。