陽だまりの子

Child In The Sun

089. 泡(2)

マグ、聞いてほしいことがある。聞きたくないならいいんだ。黙って頷いていてくれるだけでいい。俺の話が終わるまでそこにいてほしいんだ。

俺が悪い夢ばかりを見る病気なのは知ってるだろう。今日は、最近見るようになった悪い夢の話をひとつさせてくれ。ここ何日か俺は立て続けに海の夢を見る。夜寝ているときも昼寝をしているときも、電車の席でうとうととしているときも間断なく同じ夢を見続けている。俺の体は海の中にあって、俺は海面の少し上からその体の様子を覗き込んでいる。空気の抜けた風船が地面に着くか着かないかの距離で風の間に漂い続けている、あれぐらいの距離だ。波は穏やかな日もあれば、波頭が砕けて白い飛沫を上げる嵐の日もある。どんな日も、俺の体は変わらずそこに沈んでいるんだ。俺の体は小石と砂が固まってできた岩石だ。俺はそれを波の上から眺めている。日を追うごとに波に少しずつ削られて体の形が岩から現れてきている。昨日見た夢の中では胸板と腹が大体出来上がっていた。俺の体は幾重の波の下で何日眠っているのだろうか。岩から人間の体が出来上がると誰が知っている。今出来上がっている体が粉と砕けてクラーケンが現れるやもしれない。

俺の心は、……そうだ、心だな。海面からその様子をじっと見詰めているのは俺の心なんだ。きっと体だけでも心だけでもだめで、ひとつにならぬまま生きる力を生み出せない、この俺の生命がこの現実感のない悪い夢を見せるのだろう。だから、…マグ、お前ならこの夢の結末がわかるだろう。俺の体と心がひとつにあったとき、おれはこの絶え間ない不安の波から抜け出せるかもしれない。現実の聞きたくもない煩わしいニュースや騒動や、葛藤をひとつひとつかいくぐって俺は今日まで生きてきた。この不安はこの現実を生きている限り続くだろう。マグ、俺はこの夢の結末を恐れている。いつか波が引いて、できあがった俺の体が空の下に現れる日が来るのだろうか。俺の体はその日も知らず、波のうちに眠っている。不安が俺の体を彫刻する。その波が元の岩を粉々に砕き、何もかもが泡のうちに消えてしまう日が来るかもしれないのに。俺の目は空を見ることができるのだろうか。俺の体が出来上がり、完全な人間として陸地を歩く日が、本当に来るのだろうか。俺はいつまでこの不安な現実という夢を見続ければいい?

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