陽だまりの子

Child In The Sun

069. 幸せ(2)

恋人が「捨てていい」と投げたTシャツを私は拾い上げて大事に寝巻にしている。洗うときは裏返しにして洗濯ネットに入れて洗濯機に入れている。柔軟剤は入れるけど漂白剤は入れない。恋人は「貧乏っちい」と嫌がるけれど、私はこのTシャツが気に入っている。

肩幅も合わないし腕の長さだって違う。裾のリブニットはもう伸びてぼろぼろだし、私がこれを着ている姿は恋人の言うとおり本当に貧乏っちい。でも、鏡の中の私はTシャツを着て笑っている。ご機嫌で仕方がない。

このTシャツにはもう恋人の匂いもないし、恋人の体温もないけれど、彼がこれを着て私の知らない時間を歩いていたことを考えると私の早鐘のように心臓は高鳴り、押し寄せる幸福感に陶然となる。彼の過去に私は寄り添って彼の時間を夢で見るのだ。私のいない時間、彼はどんな思いで日々を過ごしてきたのだろうか。夢の中の時間が幸せだと目覚めがいいし、不幸だと翌日彼に優しくなれる。彼のTシャツを私は毎日洗っている。毎日洗濯して彼の過去と私の悪夢を洗い流す。彼の出てくる夢はどんな夢でもきっといい夢。そう信じて悪夢を見せる私の神経の濁りが洗剤に溶けて消えてしまうように、私は願って彼のTシャツを洗濯してまた着ている。夢が訪れる夜は時間が重複する。