陽だまりの子

Child In The Sun

020. 攻守

 あの子は、いつも僕の側にいてくれるけど、僕はあの子のことが好きなのだろうか。
「ねえ、映画に行かない」
僕はそれだけ言い出すのに、二週間かかった。
「その後、お茶して買い物して」
「それで?」
あの子は、右手で自分の襟足の髪を引っ張りながら、上の空で応じる。僕はこれまでの二週間を思い出して、暗澹たる思いに浸った。あの子は僕の表情がいくら曇っても、我関せずと自分の髪を触り続けている。
「買い物して、一緒に」
「一緒に?」
自分の襟足の髪を引っ張るのをやめると、あの子は僕の背中に回って、僕の襟足の髪を引っ張った。痛くない程度に加減して、しかし相当な力で、右から左へずっと一束ずつ。
「私は、私と映画を観るより先に美容院に行ったほうがいいと思う」
僕はがっかりする。確かに僕は美容院には一ヶ月以上行っていない。
「映画にお茶に買い物じゃだめ?」
「誰もだめなんて言ってないわ」
 ただね、とあの子は付け足した。
「私のこと、好きなんでしょう」
「僕は」
僕はそこで言葉に詰まった。
「私のことが好きなら、一緒に映画を観るだけではだめ」
あの子の手は、襟足から耳の後ろに移った。熱い指先が、耳たぶの後ろ、首に繋がる部分をやわやわとさする。
「私はね、あなたのこと好きでいつも一緒にいるけれど、あなたは自分が私のことどう思ってるのか話さないね」
わからないなんてやめてね、とあの子はぴしゃりと言った。そして、僕の髪を強く引っ張った。僕は痛いと言って、あの子の手を叩いてしまう。
「こういうことよ。私はあなたの髪が好きで、ずっと触っているけれど、あなたはそのことを知っている。知っていて、為すがままにされている。私に触られていることは知覚しているのに、どうしてそれに何も応えないの?」
 だからね、とあの子は言った。
「私は、こうやってあなたを試すの。あなたが映画までに髪の毛を切ってきたら私のことが好き。当日一緒に行こうと言ったら踏ん切りがつかない。そのままで来たら、私のことは何とも思っていない」
髪を引っ張るのと同じよ。
「それは、僕が自分の気持ちを量る尺度にもなるのかな」
「どうだか」
あの子は、ぱっと手を離した。僕の髪は少し乱れてしまっている。あの子はくすくす笑いながら、自分の化粧ポーチから出した櫛で、丹念に僕の髪を梳いてくれた。
 僕は、あの子がこうして髪を触ってくれるのなら、髪を切らずにいようと思う。僕は、あの子の言葉をこうしてまたはぐらかす。