陽だまりの子

Child In The Sun

010. 水

悲しい歌はもう、聴きたくない。頭から布団をかぶって、テーブルの上に蝋燭をひとつだけ灯し、部屋の電気は消してしまって、私はずっと一人でいる。グラスの水に浮かべた蝋燭が崩れる蝋の重みで時折大きく傾ぐ。私の影も大きく揺れる。訳もなく、悲しい気持になることが増えたのはいつからだろう。行き過ぎたペシミスティックは昔からだが、以前は悲しいことばかりではなく、空白の時間と明るい時間と暗い時間が、それぞれ続いた。ちょうど水の上の蝋燭のように、光と、その光でできる影と、水に映るもうひとつの蝋燭の姿、現し身の影と。今の私の心は日食の太陽のようだ。すべて影に覆われて、見えるのは希望の僅かな縁取りだけだ。

私は静寂に耐え切れない。私は孤独に耐え切れない。私は、悲しみに耐え切れない。もう、これ以上悲しい歌は聴きたくない。たとえこの悲しみが故なきものであったとしても、私の感情はすべて影に覆われてしまっている。私は立ち上がって、グラスに入った蝋燭に手を伸ばした。そしてグラスを手に取ると、まっすぐに自分の頭の上に掲げた。「眼のある人々は色やかたちを見るであろう」と、仏陀の言葉を唱える。倒れたものを起こすように、覆われたものを開くように、方角に迷った者に道を示すように、仏陀の光は真理を明らかにする。もし、この私の感情がすべて悲しみにあるのではないというのならば今、幸せの道標が見えるはずだ。

しかし。今の私の影を鏡で映してみたら、どんなだろう。睫毛が全部下を向いて、眼を覆い隠してしまっているだろう。黒い髪の間から鼻の頭だけが覗いているだろう。青ざめた額とそそけ立った頬、ついさっきまで自分の膝を抱いていた指は浮き出した血管が這い回り、蔦の塀のようにグラスからこぼれる光をとどめてしまっている。故なき悲しみは晴れない。悲しみが続き、私の心を苦しめている。傾ぐ蝋燭と、その光と影、そして水に映るその姿のように、転変するものが現世ならば、私にも光があるはずだ。私はそう信じている。ただ、自分のこの生きる現世が水に映る蝋燭の影のように、現し身のものならば、この故なき悲しみの理由が見つかるかもしれない。すべて虚無に生きるが故の虚無。苦しみ、それが私の姿を縁取る希望の影。

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