陽だまりの子

Child In The Sun

エンジェル・アト・マイ・テーブル

エンジェル・アト・マイ・テーブル〈1〉

エンジェル・アト・マイ・テーブル〈1〉


エンジェル・アト・マイ・テーブル〈2〉

エンジェル・アト・マイ・テーブル〈2〉


書くことを自分の才能の一部として意識したことのある人間がこの本を読むと、自分の経験と照らし合わせて苦い思いを新たにするだろう。書くことに自分の存在意義を見出して、狭い世界のうちで鼻を高くしていた自己の鼻っ柱をへし折られる瞬間。そのへし折られたみっともない鼻を隠すために、嘘に嘘を重ねて、自分を天才に仕立て上げていかなければならないことを知る階段の長さ…。

この本は、『Owls do Cry』、『Faces in the Water』、『The Adoptable Man』などの作品で、狂気の世界や社会からの逸脱の問題を描き出しているニュージーランドの代表作家の一人、ジャネット・フレイムによる全三巻『現在の国へ』(原題“To the Is-Land”)、『天使が私の食卓に』(原題“An Angel at My Table”)、『鏡の街からの公使』(原題“The Envoy from Mirror City”)の三冊から成る自叙伝の邦訳である。書籍と同じタイトルの『エンジェル・アット・マイ・テーブル』で、1993年に映画化もされた。

心配はいらない。もし突然
天使があなたの食卓に降りると決めても
静かにパンの下のテーブルクロスの
皺を伸ばしなさい。

冒頭に引用されるリルケの詩の一部。天使が降りてくる、とはジャネットにとって才能をもたらす福音を示していることは容易に想起できる。ただ、次の「静かにパンの下のテーブルクロスの皺を伸ばしなさい。」とある部分が、この本を読み終えるまで私にはどうしても理解できなかった。

主人公であり、著者であるジャネットは、その鋭敏である感受性とその臆病な気質のために精神に問題があると見なされ精神病院に8年も幽閉されることとなった。彼女は特別な人間ではなかった。ただ、他人より少し鋭い感受性を才能と履き違えたがために、長い間ヒビの入ったピノキオの鼻を支え続けて生きていかなければならなかった。その結果、彼女は精神病院に8年も入院する羽目になるが、ふとした偶然で彼女はロボトミーの手術を受けることもなく精神病院を退院する。空白の8年。その8年をジャネットはときには隠し、ときには利用し、入院前よりは幾分かしたたかに世を渡り始める。8年の入院の期間はジャネットをして自分の本当の鼻の長さを知り、生まれ持った才能の(つまり、天使が彼女のテーブルに置いたもの)性質を見極め、その後の人生で自分の身を自分で処していけるまでに成長していくに充分であったのだ。邦訳の書では、入院前の上巻、退院後の下巻で訳者の異なるために、より一層ジャネットの変わり様が引き立っている。

最後に、ジャネットはこう書いている。

作家とは書いて書いて書き続けることだ。

この言葉こそが、ジャネットの成長の証であり、天使の贈り物への答えなのだ。天使が置くなにがしかの贈り物…、それを置くに相応しくテーブルを整えること。つまり、自分の才能を充分に発揮するための手段を整えること、そしてそのテーブルクロスをそっと引っ張る、つまり手段を実行に移すことが必要なのだと、彼女は気づいたのだ。

一般に広く流布していないのが惜しまれる良書。ニュージーランドの特異な文壇環境や精神疾患自伝としてだけではなく、痛みと苦しみ、そして成長の喜びに満ちた一人の女性の手記として読まれるべき。

エンジェル・アット・マイ・テーブル [DVD]

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