陽だまりの子

Child In The Sun

夜と霧―ドイツ強制収容所の体験記録

夜と霧――ドイツ強制収容所の体験記録

夜と霧――ドイツ強制収容所の体験記録


『ポーランド文学の贈りもの』を読んでから、アウシュビッツをはじめドイツ強制収容所の体験記に興味を持つようになった。幼いころ、図書館で第二次世界大戦末期の日本陸軍の悲惨な最期の本は何冊か読んだが、いずれも主観的な視点を逃れ得ず、読後に涙はあっても感動はなかった。悲惨すぎる人間の最期は苦しみ以外の何物でもない。ただ、苦しみしかその人間に与えられない場合は違うと、著者のV.E. フランクルは語る。

全くわれわれにとって苦悩し抜くこと、「苦悩の極みによって昂められ」うることは充分にあったのである。従って必要なのはそれをいわば直視することであった。もちろんそこには「気が弱く」なること危険や、秘かに涙を流したりすることもあるであろう。しかし彼はこの涙を恥じる必要はないのである。むしろそれは彼が苦悩への勇気という偉大な勇気をもっていることを保証しているのである。しかしそのことを知る人は少く、多くの人は恥ながら彼が何度も泣き抜いたことを告白するのである。……私がかつて、どうして彼の貴が浮腫が癒ったかを聞いたある友は、比喩的に次のように云った。「私がそれに泣きぬいたからです。」

この文章は実際に人間の体験しうる限りの苦悩に耐え抜いた人間だけに書けるものだ。著者のV.E. フランクルはウィーンに生まれ、フロイド、アドラーに師事して精神医学を学んだ。その後、若手の精神医学者として注目され、ウィーンで研究を続ける。そして結婚、妻との間に二人の子供を設けた。しかし、ナチスドイツのオーストリア併合に伴い、彼の一家は全員アウシュビッツに送られた。フランクルがユダヤ人であったためだ。そして、アウシュビッツで彼の両親、妻、子供の全員が殺され、フランクル一人が生き残った。ただ、フランクルが家族の死を知ったのは、自身が収容所から解放されての後のことだ。彼は収容所で絶え間なく続く飢餓と発疹チブスと仲間の死と過酷な労働下で、家族への愛を頼りにこの苦悩を耐え抜いたのである。苦悩に打ちひしがれた仲間は次々と仆れていった。苦悩に倒れた仲間は、食べることも働くことも放棄し、餓死かガスかまどの死を受け入れていく。その放棄した仲間は、泣くことさえしない。

苦悩に向き合うこと、苦悩は苦しみぬいてこそ昇華されるものとフランクルは説く。苦悩に立ち向かう勇気、それを失わない限り、どのような環境下でも人間の崇高さは少しも失われることはないのだ。現代、アウシュビッツの悲劇から既に60年以上が経過している。しかし、人間の苦悩は尽きず、その苦悩を当座の「癒し」や苦悩からの逃避にすり替え、苦悩を苦しまない人間が増えている。苦悩を耐え抜くことを選択しないことをその人間が是とするならば、今の現実は第二のアウシュビッツと変わらない。毅然とした態度で立ち向かうことを示したこの一書は、その強制収容所の悲惨な事実にも関わらず、一筋の光明を人間の前に示したと言えよう。

ポーランド文学の贈りもの

ポーランド文学の贈りもの