陽だまりの子

Child In The Sun

五色の山 - 東の青い山 第4話

 哀れなるかな悲しむべきかな、父の目は既に潰れていた。
「ああ、如来の秘薬をもってしても目の病は癒えませんでしたか」
娘の声が絶望に曇る。父は自分の袂を握る娘の手を辿り、その柔らかな頬に触れるとさもいとおしそうに娘の顔を撫でた。
「この寺に伝わる秘仏、その薬師如来の薬壺のうちにはどんな病でもたちどころに癒える秘薬があると……」
父の袂を握っていた娘の手がだらりと下がる。
「娘よ、この寺の薬師如来に元より薬壺はないのだ」
父は静かに続ける。
「いつごろからか、この寺の薬師に宿る霊力に頼みを寄せてこの寺を訪れる者が多くいた。しかし、その手に薬壺のないことに知ると、ある者は落胆し、ある者は失望の余り正気を失い、ある者はその場で命を絶った。もう遠い昔のことだ。和尚は不幸ばかりを呼ぶこの薬師如来を秘仏とし、ただその伝説のみを残した。わしのように未だ望みを寄せてこの寺を訪う者は多い。だが、一人として病の癒えた者はいない」
娘は失望の色を隠せず、呆然とそこに立ち尽くす。見えぬ目でもそれに気づいたのか、父が言葉を続ける。
「母上は息災か」
「大きな病もなく、お元気でいらっしゃる。ただ、お父上にお会いできないことを嘆いておられたが。家に戻るおつもりはないのか。この寺にはその目を癒す手立てはないのだ。下山して母上の傍にいてやることはできますまいか」
嘘をついた。
「母上は本当に息災なのか」
父は繰り返し訊く。
「息災でいらっしゃる」
娘も繰り返す。
「それならよい」
 二人はその夜、堂内に二人と枕を並べて床に就いた。ともについてきた主人は、親子水入らずの夜に気を利かせて、他の堂に泊まった。