陽だまりの子

Child In The Sun

五色の山 - 東の青い山 第1話

 汚れた脚伴に六角の杖ついて、陽炎の中、一人の巡礼がやってくる。頭上の笠にも背中の笈にも夏の日差しは過酷に照りつけ、巡礼の頤から玉のような汗が滴り落ちる。水田の面からゆらりと立ち上る蒸気に幾つかの茅葺の屋根を認め、巡礼は一つ息をつく。切り絵のようにくっきりと浮かび上がるその影より顔を覗けば、まだ年端も行かぬ娘。
 巡礼の娘はほとほとと農家の戸を叩く。
「もし、水をいただけませんか」
年に似合わぬ凛とした声。出てきた家の嫗は、前掛けで手を拭きながら怪訝に尋ねる。
「巡礼のお方、お連れの方は」
「先達はおりませぬ。わらわ一人でこの四十九の霊場を廻っています」
網笠を取ると、その下から汗にまみれた面が現れる。額の汗を手甲で拭い、娘はまた息をついた。
 この島には四十九の薬師霊場があり、その霊場の全てをその足で回り、心を一に薬師如来に祈れば、結願の日にはどんな業病もたちどころに癒え、一族の無病息災延命が叶うと言われている。そのため、数百年の昔からこの地に巡礼の影は絶えることがない。
「それはそれは奇特なことじゃ。さあ、どうぞお上がりなされ」
 娘は框に腰掛けて、嫗に水を貰うとさも美味そうに飲み干した。手拭いでその額を押さえ、ほつれた鬢をかき上げる。年頃は十二、三。品のある面差しをしている。
嫗はその様を目を細めて眺めていたが、ふと気がついて娘に声をかける。
「今日は青山寺まで行かっしゃるのか」
この村を過ぎ、眼前に迫る山を登ればそこに青山寺と呼ばれる二十三ヶ所目の霊場がある。
「ええ、そのつもりです」
「それはいけない」
嫗はもう一杯と少女に水を勧め、続ける。
「そなたの足では山に登る前に日が暮れてしまう。青山は近くに見えて遠き山。道は山の周りを逡巡し、上れば下り、下れば上り、大の男でも登るのは一日仕事。今日はここに泊りなされ。明日の朝、日の出とともにこの家を出ればよろしい」
「山の中で夜を明かしても、わらわは一向に構わぬ」
「およしなされ。低い山とは言え、黄昏には猪、深更には狼、明け方には梟がそなたを襲う。およしなされ」
 娘はしばらく思案顔でいたが、やがてこっくり頷くと草鞋を脱いだ。