陽だまりの子

Child In The Sun

097. 息を止めた

机の下から、昨日飲まなかった錠剤を見つけた。寒波で冷え切った部屋で湿気た様子もない。このまま埃を払って飲んでも平気だろう。ただ私は今、その錠剤を飲んだばかりなのだ。毎朝、私はこの錠剤を飲むことにしている。処方量は一日一錠。今日、これを飲んでしまえば一日二錠飲んだことになる。しかし、この錠剤を一日二錠処方されている人もいるので、二錠飲んでも問題ないのだろう。私は逡巡する。今日飲まなければ、この錠剤は明日には湿気て飲めなくなってしまうかもしれない。それなら、今二錠飲んで、明日飲まなければいいのではないか。

今までに私が飲んだこの錠剤の数は238錠。私は幾つこの錠剤を飲み続ければ、この薬をやめられるのだろう。中国の皇帝が不老不死の薬と言い聞かされて、水銀を飲み続けた。水銀は人間の体を害す。人間を殺す。しかし、命亡き後の体を水銀はそのままに保ち続ける。不老不死の水銀のため、皇帝の体は変容して、命の所在を受け入れなくなったのか。この薬は、私をどう変えていくのだろう。自己の変化を恐れるな、変化は退行ではない。それは本当なのか。私は元の体に戻ることを望んではいない。だが、どう変わりたいのかも私にはわからない。この不安を感じなくさせる薬も処方されている。私は何も感じない人間に、今変わりつつある。何も感じなくなれば、私はこの薬をやめられるのだろう。そのときには、この薬を飲むことにも、今のように何かを感じることもなくなっているだろう。何も感じなくなったことに気づかず、私は未来永劫、この薬を飲み続けているのかもしれない。滑稽な、結末。そんな体になれば、自分で息を止めて死んだことにも気づかないかもしれない。