陽だまりの子

Child In The Sun

093. 遥か彼方

「何であの仕事辞めたの?」
理由は特にないんだけど……、と久しぶりに会った女友達は言いよどむ。彼女が時間ができたので会おうと電話してきたのが昨日。長く会っていなかったので飛んできてみればこれだ。仕事を辞めたと切り出されても私にはどう応えていいかわからない。だから理由を問い返した。
「私のやっていた仕事って、女の子になら大概勤まる仕事だったでしょ」
彼女は有名洋菓子店の販売員の仕事をしていた。
「やりがいもないわけではなかったのよ。でもね、この仕事を私はずっと続けていって何かいいことがあるのかなって考えたりして。もし、私がこのまま五十のおばさんになってもこの仕事続けていられるのかって考えたりしてね」
彼女は早口で続ける。彼女の言葉は理由ばかりで同意を私に求めている。
「気持ちはわかるけど……」
何も辞めることはないと思うけどね。私の言葉に彼女はがっくりと肩を落とした。目の前には散々に崩されたストロベリータルト。彼女は自分の店の物より不味い洋菓子は絶対に一口以上食べないのだ。
「ね、今度は私の話を聞いて」
私はケーキの味の違いなんてわからない。
「私のやっている仕事だってそうよ。誰がやったって同じよ。成果が大きく違ってくるなんてことはない。でも、私はこの仕事をするの。私は私で選んだのよ」
言葉の途中で私は気づく。そうだ、彼女だって辞めるということを選んだのだ。
「事務の仕事から始めて、違う道が見つかればいいなって思ってるの」
そう言って、ハンカチで手の汗を拭った彼女の顔は少し青ざめていた。

彼女は今、自分の進んでいる道がはるか彼方で二手に分かれていることに気がついているのだ。彼女はそれを見晴らして、今進んでいる道とは違う道を選ぶことをあらかじめ選択した。まるで預言者のように、彼女はこれから自分の人生に起こることを知っているのだ。人生に道標のように置かれた老いという石に躓かないために、彼女は知らぬ道を選んだ。

道は、どこまで続くのだろう。右に向かえばよいのか、左の道が正しいのか。右の道を選べば獣に食われるかもしれない。左の道を進めば断崖絶壁から転がり落ちるやもしれぬ。それでもなお、私たちは選び続けて道を歩み続けなければならないのだ。なぜなら道は途切れることがないからだ。私たちが生きている限り、私たちの前には必ず道が開かれている。

「違う道か……」
「あなたはそう考えないの?」
次の彼女の問いに私は応えなかった。