陽だまりの子

Child In The Sun

087. 今必要としている物(2)

ボックスのティッシュが切れていたことを思い出して、来た道をゆっくり引き返した。私は家の近くでものを買うことに決めている。家の近くには肉屋と豆腐屋と薬局と古い洋品店があり、少し離れたところに町の小さな本屋とコンビニがある。今言った中で、コンビにまで歩くのが一番しんどい。信号を三度も渡らなければならない。だからかさばるボックスのティッシュとトイレットペーパー、洗濯洗剤は近くの薬局で買うことにしている。

今の季節は自動ドアも開きっぱなしだ。無用心だ。ボックスのティッシュだけで店頭に三種類も並べてある。一つを選んで手に取って店に入る。生活に必要なものを遠くで稼いだ自分のお金を地面に浸みこませるように、こうして家の近くで少しずつ手に入れ暮らしていく。私がここで暮らしていることを本当は誰も知らない。いや、家主とガス会社と水道局と電力会社と、住民票を置いてある市役所は知っている。私は家賃としてお金を、ガスと水と電気の代金として自分の給料を、住民票を置く代わりに税金を払っている。ここで暮らすことすべてに私はお金を払っている。

ティッシュをカウンターに置いて店の奥に声をかける。「すいません」お金を払います、これを売ってください。この物々交換でこの土地に住んでいる実感まで買おうとするのは間違いなのだろうか。ひとつの家でひとつの土地で暮らしていくことに人間の心の自由はほとんどない。