陽だまりの子

Child In The Sun

081. 足下

 私はもう30分以上、ここでじっと彼を待っている。せっかちな私は人を10分以上待ったことがない。10分までは何とか待てるが、10分を過ぎると忽ち我慢の限界が来て、お茶を飲みに行ってしまったり、腹を立てて家に戻ったりする。でも、今日ばかりは10分を過ぎてもこうして彼を待っている。
 彼とは約束していない。彼がいつも帰り道にここを通るから、ここで私が待っているだけのことだ。だから10分を過ぎても私は待っている。腹は立たないが、焦燥で足の裏が焼け付くように痛い。
 向こうから足音が聞こえてくる。私は塀を背に、じっと息を潜めて影を窺う。彼だ。
「どうしたの、ここで待ってたの?」
せっかちな私の性分を知る彼は驚いている。どれぐらい待っていたのかと訊かれたのだが、答える言葉を考えていると何だか癪に障ったので黙っていた。
「どうしたの?」
彼は半ば笑っている。
「いや……、その謝りたくて」
「何?」
「さっき、怒らせたでしょ」
足の裏がまた痛み出した。私は馬鹿だ。こうしてうまく謝ることもできない。
 喧嘩のきっかけは些細なことだった。だんだんと嫌な空気が口角に溜まり出して、せっかちな私が口火を切り、彼の返答が遅いと詰り、彼がそれにあきれて少し怒ったのだ。
「せっかちなの、私……」
「いいよ。君のせいじゃないよ」
あれぐらいのことで謝る必要はないよ。
「だって」
「せっかちなのは仕方がないよ」
性分なの。わかってるよ。
「こうして、せっかちだから明日が待てなくって、こうして夜道で僕を待ってたんだろう。いいよ。それで」
よくないよ。
「僕だって明日まで待っては、目覚めが悪いなと思ってたんだ」
せっかちが移ったのかもね。そう言って彼は声を立てて笑った。
「もう半年も付き合っているんだ。少しはせっかちの原因がわかってきたよ。人が待てないのは、不安だからでしょう。こうして僕を待っていたのも僕が怒っていると思って不安だったからでしょう」
5月の風がざっと抜けていった。
「駅まで送るよ。手を繋いでいこう」
 私は口をへの字にして、涙をこらえていた。もう、足の裏は痛くない。彼の歩幅が、私に合わせてゆっくりなのを見ながら、少しは彼を信じてせっかちを我慢しようと思った。