陽だまりの子

Child In The Sun

079. 反旗を翻す

誰から見ても悪い行い、かっぱらいや火付けを行っているときも、誰から見ても善い行い、施しやお祈りをしているときでも、人間の本来的な善悪を決めるのは、その人間が本当にただ一人であるかということだ。施しやお祈りを他人への侮蔑から行っている人間がいれば、その人間の心はふたつに分かれている。善意の行為と真実の心情のふたつにね。このとき人間は一人ではない。一方が命令を出し、もう一方は虐げられつつそれに従っている。虐げられる人間がいる限りそれは正義ではない。その人間を俺は是としない。悪行の場合は悲惨だ。手で悪事を行いながら心情はずっと自己を責め続ける。その人間の手を操作するのは、その本人ではないことがほとんどだ。両親から社会から受け継いだ貧困のためであったり、社会に唆されて染まってしまった名誉欲のためだったりする。本心がそのために行動することを是としなくても手が勝手に、ひとりでに動く。そして自分の心はずっと地獄の業火に焼かれることとなる。手は呼吸をしても心は冷たくなっている。人間が二人に分かれている。

分かれた心をひとつにする方法を知りたい?懺悔でもしてみるかい?ははは、悪い冗談だな。懺悔しても報われない人間はいくらでもいる。悪事の穴は善行では埋まらない。悪事はどんなに石鹸でこすっても落ちない壁の染みみたいなものだ。きれいにしようとあまり擦りすぎると壁ごと駄目にしちまう。結局、心がふたつに分かれた人間はどちらかの人間を第一にして、それ以外は脇によけていくしかできないんだよ。悪事の道を選んだなら、過去の染みはそのままにして次の部屋に進まなければならないんだ。あっただろう、昔…。王宮の部屋の扉をすべて開けて次の部屋へ次の部屋へ渡っていこうとしても、結局出口は元の大門しかなくて、そこは門衛に塞がれていて……、数百の部屋をさまよった挙句にどこかにあると言い聞かされていたもうひとつの出口を見つけられず発狂した人間の話さ。分かれた道をひとつに戻そうとするより、少しでも可能性があるのなら古い染みだらけの部屋は捨てて次の部屋へ行くべきなんだ。前の部屋より次の部屋の方がましさ、結果がいくら報われずとも、終幕があるならそれに向かって進むべきだ。

悪事を行う人間も善行を施す人間も、数多くある岐路を選び取ってきた同じ人間だ。その道の途中で自分の手を汚したり心を汚したりして、一人と一人が仲違いすることもある。それはよくあることなんだ。誰もが同じだ。自分の心が半分になってそのまた半分になって八分の一になって十六分の一になって、最後は土より細かい塵になっても、それが降り積もってできた塵芥の山が天に届けば、人間は神と同じただ一人の人間になるのだろうな。ああ、そうだな。自分の体がどんどん小さくなる前に歩みを止めてしまう手もある。だが、それを決めるのどの自分なんだ?

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