陽だまりの子

Child In The Sun

075. 迷い

私はつらいことをつらいと思わないようにしようと、じっと努力していた。でも、それはできなかった。挫折を認めることができず、自分のことをなりそこねの聖人のように扱い、徒労とわかっている苦労を自らに科した。馬鹿々々しい。

神に誓ってここで述べるのは贖罪の言葉ではない。私は懺悔はしない。そう決めているからだ。今も昔も。

しかし私は今、昔の自分の馬鹿な行いを後悔している。私の人生のほとんどの時間をあのように徒労に費やしてきたこと、そのために一番愛する友人のシャーリーンを失うことになったことを、私は本当に後悔しているのだ。私は自らの徒労から生じる苦しみをすべてシャーリーンに預けてきた。つらいことをシャーリーンと分かち合うことが友情だと信じていたのだ。まったく私は本当の大馬鹿者だ。シャーリーン自身の苦しみや悲しみを理解しているように見せかけて、彼女が自身の力で苦しみや悲しみを消化するたび、その事実を自分にも置き換えて自分の苦しみや悲しみが浄化されたかのように自分を誤魔化し続けてきたのだ。私の苦しいは蓄積するばかりで、シャーリーンの苦労は倍に増えていった。

なぜ、そのことに気づかなかったかって?今、それを訊かないでくれ。ここからの私の話を聞けば自然とわかることだ。

あのとき私は誰から真実を告げられ救いの手を差し伸べられたとしても、その手を取ることができただろうか。私はわからなかっただろう。神よ、私はつまらない自尊心で矜持の襟を正すことに懸命で、誰の手も目に入らなかったのだ。シャーリーンの優しい手を取ることも、彼女と手を携えて歩くこともできなかったのだ。

私は、化粧をしなくなった。
私は、制服を着ることをやめた。
私は、お金を遣うことに慣れた。
私は、誰ともお酒を飲まなくなった。

私の人生に明るい日があったのかと問われたら、答えられないだろう。明るい日に戻ろうとそうしているのかと問われれば、また答えられないだろう。私は一人の優しい女友達を失った。神にも等しい友人を一人失ってしまった。ただ、過去と二度と同じ道を辿ることはない。シャーリーンのいない今、私は新しい道を探して迷い続けている。迷うことを決めたのだ。たとえどのように遠い道で、どんなに道に迷おうとも、私は歩き出すことに決めたのだ。私は、けして懺悔はしない。