陽だまりの子

Child In The Sun

069. 幸せ(1)

 夜半に目が覚めて、私は寝返りを打とうとして、自分の足に当たる彼の体に気づいた。彼はシングルベッドの壁側の半分の領域で、体をちぢこめて静かに寝入っている。顔を覗き込むと、その寝息が顔にかかった。狭いベッド。豆電球だけの電灯、燃え尽きたアロマポッドのキャンドル。ローテーブルの上には、食べ散らかしたチョコレートの銀紙が散乱している。
「起きてよ」
私は呟く。自分の声も殆ど寝息と同じ程度、かすかなもの。外は冬の雨が降っている。さやさやとカーテンが隙間風に鳴って、私はふと顔を上げた。彼の衣服がハンガーにかかっている。寝る前には、部屋の隅に脱ぎ捨てたままだったはずだ。
「いつ寝たの」
灰皿には男の煙草の吸殻が山となっている。
「私が寝た後も、起きてたの?」
 さっと彼の目が開き、私の目を覗き込んでくる。私は驚き、慌てて布団に潜り込んだ。私のエリアは床に近いシングルベッドの半分の領域。
「起きたの?」
かすれた彼の声。
「寒いの?」
男の声はシーツに落ちて、漣のように私の体が揺れる。
「抱っこして」
 私はたまらず呻くようにそう言った。彼の腕が私の背中から伸びてくる。
「抱っこして、抱っこして。もう一度眠るまで抱っこしていて」
怖いの。私の次の声は、かすかだった。
「起きるまで離さないよ。離していたら、怒っていいから」
「離していたら、もう一晩抱っこして」
「朝起きてもずっと側にいて。ずっといて」
怖いの。私は恐怖に涙をこぼす。怖い夢を見たのかと彼は私の頭を撫でる。寝癖の髪から、昨夜のシャンプーの香りがあふれてくる。
 こうして、温かい腕の中でも、私は恐怖に怯えている。実体のない恐怖。私は何を恐れているのだろうか。寝返りを打って、彼の胸に顔をうずめる。どうして私はこうも不安なのだろうか。どうして私はこうまで不安に苛まれ、不幸なのだろうか。不幸であることが、恐怖だ。私にはどんなに温かい腕があっても夜は明けない闇がある。