陽だまりの子

Child In The Sun

052. さざなみ

私は大事な人に物を買ってあげるのが好きだ。生来の口下手で、自分の言葉をうまく声にできないからだろう。愛情を物で示そうとする。人に話しかけることができないので、私はいつもその人のことをじっと見ている。観察している。だから、その人が何がほしいのかなんて、割と簡単にわかってしまうのだ。それを何かの記念日に託けて、こっそり準備して机の上に置いておくことが好きだ。大事な人の驚く顔を見ると、私は少し笑うことができる。

私が薬を飲み始めてだいぶ経つ。薬を飲み始めてから感情が平坦になって、大きな波や、漆黒の崖に立つ緊張を経験することもなくなった。だが、その分喜びや楽しみに対する感情も平坦になっている。薬を飲み始めるときに、その作用を承知して飲み始めたのだが、こうまで効くとは思わなかった。裏を返せば、それほどに負の感情が大きかったことになるのだが……、常に止まない感情の嵐の中で戦っていた前の自分と、曇天の涼しい風が吹きぬけていく雑踏のアスファルトに立ち止まっている自分とどちらがよかったかと言えば、前の自分の方が「自分らしかった」と思う。それは、「正常ではない」状態だったのだが、その判断は客観的なものだ。私は……、その「正常ではない」状態で24年生きてきたのだから、強ちに否定することはできない。

人に物をあげるときに、私は少し笑うことができる。それは、砂絵の曼荼羅のように完成すれば自分の手で崩す感情だと知っていても、私は大事な人の喜ぶ顔を見て、一緒に少し笑うことが好きだ。その一瞬のさざ波が、私に残されたわずかな感情なのだ。人に不意のプレゼントをあげて、私は見返りに去った暖かい喜びの波の泡沫を浴びる。私は、少し正気に返る。

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