陽だまりの子

Child In The Sun

048. 放課後

「うちのお父さん煙草やめたんだ」
「そうなの。いいじゃん」
「よくないよー。だって病気してるんだよ。それで煙草やめたの。病気してなかったら今でも絶対吸ってた」
「お医者さんに言われたの?」
「そうだよ。あと、お母さんとおばあちゃんに言われてやっとだよ。今はニコチン、だっけそういう名前の毒の入ったガム噛んで我慢してる」
「毒入ったガムかー。食べたくないなぁ。おいしくないんでしょ?」
「それが結構おいしいらしいよ。ミント味なんだって」
女子高生とおぼしき少女が二人、ファーストフードの地下二階の狭いカウンター席で隣り合って座っている。二人の前には言い訳がましいノートと参考書が広げられ、アイスクリームの入っていた紙カップが隅に押しやられ壁の間でひしゃげている。二人とも手に携帯電話を持ち、ひっきりなしにボタンを操作してはテーブルの上に投げ出す、それだけの動作を半ば以上無意識に繰り返している。筆記具は見当たらない。
「ミントなら好きだな。フリスクは嫌いだけど」
「そうなの?私はフリスク好きだよ」
ね、とまた携帯電話を手に取る。
「コーヒー飲む人はミント好きなんだって。私はコーヒー嫌いだからミントも嫌い。ね」
「私だってコーヒー嫌いだよ。うんと砂糖を入れてミルクいっぱい入れたのなら好きだけど。それで冷えてれば最高」
「別にそれとミント関係ないじゃん」
突然一人が携帯のカメラを作動させ、もう一人を撮る。ちゃちなフラッシュに驚いて天井の羽虫が落ちる。
「何すんだよー」
「いいじゃん。お父さんに送るの」
「お父さん携帯持ってるの?」
「ううん、お母さんの携帯に送るの。お父さん携帯持てないから」
「どうして」
「さっきも言ったじゃん。お父さん病気なの」
「病気と携帯、関係ないじゃん」
「入院してるの。病院の中で携帯使っちゃダメだからさ。知らないの」
「聞いてないよ」
「嘘、さっき言ったよ」
「言ってないよ。聞いてないもん」
「じゃあ言わなかったのかなぁ。おかしいな」
「暑いからボケたんじゃないの」
一人は今撮った写真を早速転送し始める。手を上に差し伸べて地下から届く電波を拾おうと、携帯を振る。もう一人は舌打ちをしてノートと参考書をしまい始める。羽虫の屍骸は長い爪に弾き飛ばされた。ちりちり蛍光灯が瞬きして、二人の影がわずかに揺れる。足元の校章の入ったナイロンのバッグは二人の書いたお互いの名前とラインストーンで飾られている。
「お父さん、癌なんだって」
もう一人は送信のボタンを押す。
「お母さんバカなんだよ。自分には保険三つもかけといて、お父さんには一つしかかけてなかったんだって。でも病院には入らないとダメじゃん。お医者さんにかからないと治らない病気なんだもん。マジバカだよねぇ」
「お金とかやばいの?」
「知らない。誰も言ってくれないもん。でもこの前、おばあちゃんが携帯要るのって訊いてきた。解約させられるのかな」
「その方がやばくない?お父さんがやばいとき連絡取れないじゃん」
「どうだか。お父さん、死ぬこととか全然考えてないもん。いっつも煙草のことしか私に話さないし、私のことなんて全然訊いてこないし」
「でもそれってお父さんがやばいことと関係ないじゃん」
「そうなのかなぁ。イマイチ実感ないから何もわからないよ」
メールが何とか送信されたことを確認すると、その少女も自分のノートをバッグにしまい始めた。中には自分の顔より大きいミラーが入っていて、それにも二人の名前が油性ペンで書かれている。
「だって毒入ったガム噛みながら薬の点滴してるんだよ」
「オトナって何を考えてるんだろうね」
二人は礼儀正しく自分達の食べかすを片付けると、ゴミを分別してダストボックスに放り込み階段を上っていった。羽虫の屍骸も捨てられている。店員が布巾を手にカウンターを拭きにきた。その店員もあの少女らと変わらぬ年頃だった。

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