陽だまりの子

Child In The Sun

043. 新世界

人のいない夜道をこつこつ踵の音を響かせて私は歩く。家までの道のりをずっと歩いている。人のいない夜道に靴音が反響して、私一人の靴音が何人もの足音に聴こえる。私は、一人でこの夜道を歩いているはずなのに、多くの人間が私と行き違う思いがして、何度も何度も私は後ろを振り返る。バス、車が車道を通る。排気ガスにふと顔を上げるとバスには誰も乗っていなかった。この世の中には私以外の人間はいないのか、それとも私以外の人間は全員が透明で、私の目に見えないだけで、普通に私の周りを取り巻き、すれ違っているのだろうか。私一人が存在に気づかないのか、私一人が存在に気づかれないのか。いいや。靴音が反響する。私は、この夜道を一人で歩いているはずだ。

電車に乗っているとき、大通りを歩くとき、会社にいるとき、私は誰かの隣にいる。誰かと必ずすれ違う。誰かと々空気を吸っている。トイレにいたって、共同トイレであれば誰かが扉の向こうに入ってくる気配がする。一日のうち、私が一人でいる時間はほとんどない。はじめは驚いていたが、そのうち慣れた。どこに誰がいても、私はひとりでいる時間を頭の中で作り出していた。私以外の人間は誰もいない、私の邪魔をする人間は誰もいない。私に話しかける人間も誰もいない。私は一人だ。一人でいるはずなのだ。

しかし、この夜道に誰ともすれ違うことのない。薄ら寒い風が右に左にすれ違っていく。夢のような光景だった。私はどうやら都会の悪夢に飲まれ始めているらしい。