陽だまりの子

Child In The Sun

039. フレーズ

大好きな人の腕の中で何度も何度もおまじない。
「いやなことぜんぶぽいぽいぽい」
「いやなことぜんぶぽいぽい」
「いやなことぜんぶぽいぽいぽい」
このおまじないでいやなこと全部心の向こうに押し流す。
「いやなことぽいぽい」
今日は涙が止まらない。どうしてだろう。いつもはぽいって捨てられたのに。泣いている自分も、いやだいやだと苦しむ自分も、駄々をこねる自分に愛想を尽かすもう一人の自分も、全部全部捨てられたのに、今日は涙が止まらない。
「一緒に言ってみて。お願い。ね」
私はねだって繰り返す。
「いやなことぽいぽいぽい」
「いやなことぽいぽい」
「いやなことぽいぽいぽい」
繰り返しても繰り返してもおまじないが効いてこない。喉に涙が詰まって鼻からおかしな音が出る。ずるずる鼻を啜りながら、私は何度も繰り返す。
「いやなこと、ぽい、ぽい」
どうして今日はおまじないが効かないの。涙で濁ってしまって私の声は胸の中でぴったり止まった。
「今日は調子が良くないね」
好きな人が涙でぬれた私の頬に唇つけて囁いた。
「おまじないの力が届かないんだ。今日は風が強いから」
だから私のせいじゃない。いやなことが押し流せないのは、星の力が弱いから。風に流され星の光がぶれるから。いやなことがまだ心に居座るのは、けして私のせいじゃない。
「冬の日にはよくあることだよ。木枯らしが星の邪魔をするんだ。さあ、一緒に手をつないで寝よう」
手をつないでベッドに入る。あたたかいベッドに入る。
「いやなことぽいぽいぽい」
好きな人は同じフレーズを何度も繰り返しながら涙で濡れた私の頬を拭ってくれる。
「朝になればおまじないが効いてくるよ」
太陽の光の前に鬱屈した感情は霧のように消えてしまう。
「いやなことぽいぽい。ほら、一緒に言ってごらん」
「いやなこと、ぽいぽい」
ぽいぽい、私は繰り返して好きな人の手をぎゅっと握った。あったかい手と胸で私は自分をごまかしている。私は嫌い。囚われている自分が嫌い。本当は自分が嫌なんだ。自分を自分でいやだと感じているから、おまじないが効かないんだ。
「いやなことぽいぽいぽい」
「いやなことぽいぽい」
「いやなこと、ぽい」

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