陽だまりの子

Child In The Sun

038. プレイス

空腹がどうしても勘弁できないほどになって、冷蔵庫の前で1時間。空いたみつまめの缶と葛きりの缶。ツナ缶の油はそのまま流しにどろりと流れ込んでいる。ビールとジンの空き瓶が足元で転がっていて、冷蔵庫の中は今まで見たことがないほどに明るかった。空っぽだ。
「空っぽー」
と、一人の声が脳髄に響いて大慌てで耳を塞ぐ。いつの間にか秋の早い日は暮れて、部屋の中は暗い。ひんやりとした空気に、よろよろと立ち上がって私は窓を閉めた。自分の足元に広がる、壮大な食べかす。1時間の間に私の胃袋に詰め込まれた食物の残骸。
「もう食べれないー」
「おなかいっぱいー」
大きく両手を広げて伸びをすると、魚肉ソーセージのビニールの包みを取り上げて、えいっと声を出してゴミ箱に放り込む。次に食パンの入っていたビニールにブルーベリージャムの紙パックを入れて、またゴミ箱に放り込む。トーストは何枚食べたんだっけ、6枚切りで、昨夜1枚食べたから5枚残っていたのか。5枚全部食べたのか……。トースターのコンセントを抜く。葛きりの缶とみつまめの缶を洗って資源ゴミの袋に入れる。トースターはまだ温かかった。
「おなかいっぱいー」
「もう食べれないー」
歌うように繰り返す。私はもう食べられない。喉元にせりあがってきた生臭いげっぷを噛み殺す。
コップに水道水を入れて、冷蔵庫の中に唯一残っていた胃薬をまとめてざらざら飲んだ。水道水が塩辛い。繰り返しコップに水を入れては口を濯ぎ、そのまま水を飲み下し、何度か胸で息をした。よし、もう私の息に食べ物のにおいはしない。今度こそ、冷蔵庫の中は空っぽになった。
「空っぽー」
「もう食べるものがないー」
私は胃薬の袋をえいっとゴミ箱に放り込む。
「空っぽー」
「食べなくてもいいー」
ジンの空き瓶がガチャンと割れた。わずかに残っていたジンの雫がたちまちカーペットに染みこんでいく。私の胃液は全部食べ物に吸収されて、私の息は胃薬のにおいしかしない。

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