陽だまりの子

Child In The Sun

031. 羽根

パスポートにビザに運転免許証に保険証に毎日僕は大量の身分証明を持ち歩いている。それぞれがそれなりの機関から発行されているものだから更新の度ごとに著しい時間を損失する。それを使ってチェックするのにも時間がかかる。今、空港でもそうだ。飛行機で別の国に飛んできただけなのに面倒くさい。何度同じ質問を聞いたことか。こちらの応える言葉も一緒。パスポートのICチップで瞬時に確認できるのだ。ただの儀礼ならとっととなくしてしまうといい。

僕は飛行機でこの国に来た。船で来ても同じ質問を受けただろう。この世界では港を通るたびに身体チェックを受けなければならないのだ。港を通らず他の国に行けないこともないが、そうすると行き先の国で怪しまれたときに母国に強制的に送り返される。送り返されはしないまでも現地の警察に拘留されて油をみっちり絞られる。僕が誰だか証明する一つの機会を省いただけで!僕が一つの機会を逸しただけで!ああ、乾燥した空港の空気にやられて、耳の奥がじんじんしてきた。きっとひび割れて血が出ている。

人間がタールで動く飛行機や船を使わずに自由に世界を行き来できたら、パスポートなど不毛の証明書はなくなるのだろうか。いいや、違う。誰でも自分の家の軒先にまったく知らない人間が突然降り立ったら悲鳴を上げるだろう。そのときにはやはり自分が誰だか証明する手段が必要なのだ。それと自分の非礼を詫びなければならない。それも面倒だ。それなら、誰かまったくわからない世界ではなく、誰でもわかる世界になればいいのだ。一人ひとりの頭の中に全世界の人間の情報が一通り入っている。一人の人間に対し、すべての人間が知己だ。無限の相関。何通りの組み合わせがあるだろう。人が自由に行き来できる世界。人が誰にも怪しまれる必要がなく暮らしていける世界。それなら僕に羽根は要らない。僕はこの不毛な身分証明がなくなればいいとだけ考えているのだ。

しかし、おかしな考えだ。この長い税関の列のせいだ。時差ぼけのせいだ。すべてこの世界の情報が行き渡っていないせいだ。僕は今すぐ家に帰って眠りたい。本当に僕に羽根が生えてればいいのに。僕だけでいい。僕はいったん家に帰って眠って、それから警察に出頭する。

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