陽だまりの子

Child In The Sun

029. 炎

それは美徳ではない。人が何と言おうと私はこの信念を変えない。シルヴィネは天に背く人間だ。

初めてシルヴィネに会ったとき、私はシルヴィネのことが不思議で仕方がなかった。それは私たち22歳の人間だけが持つあの消えつつある不安定の影と明るい希望の光が彼の瞳にまったく認められなかったからだ。だがその違和感が拭えなかったからか、私はシルヴィネと親しくなることはなく、その不思議の因子を知るには随分時間がかかった。そして、シルヴィネが自分より4年も遅れて学校に入ってきたことを知ったのは、シルヴィネと席を並べてから2ヶ月以上も経ってからのことだった。

私にそのことを知らせたのはハチドリと徒名のついた噂好きの一人だった。彼はシルヴィネが私たちより4歳年嵩であること、彼の弟がシルヴィネの大学入学とほぼ同時に死の病の床に就き、4年のシルヴィネの献身的な介抱も空しくこの世を去ったことも聞かされた。ハチドリはそしてこう私に釘を刺した。「君以外の人間は皆この事情を知っているんだ。矢鱈と騒ぎ立てると慎みのない人間と嫌がられるぜ」私はこの事実を知った最後の一人だったのだ。もし、ハチドリ知らせなければ、私はこの事実を知ることはなかっただろう。私はそれをいぶかしんで、ハチドリに聞いてみた。「知らないのかい。シルヴィネは君のことをたいそう気にしているらしいぜ。好きってことじゃなく嫌いってことさ。君のその取り澄ました面相がお気に召さないそうだ」ハチドリの話は話半分に聞いたが、確かにシルヴィネの私に対する敵愾心には自身気づかないわけではなかった。時折彼の見せる嫉妬の暗い炎の眼差しに、私は何とも嫌な気分を味わっていた。「僕は弟の看病で4年も遅れてしまった。だから普通に学校に来ることができた人が羨ましいよ」そして、シルヴィネは他人の同情と尊敬を買っていたのだ。私は胸がむかむかして、よっぽど目の前のハチドリを張り倒してやろうかと思ったが、ハチドリには何の罪もない。ハチドリは私の面相が忽ち凶悪に変わったのを見てそそくさと逃げ出していった。

シルヴィネの弟が早くに死んだことはそれは気の毒なことだ。人が死ぬことは悲しい。ましてやそれが自分に近しい人間であったなら尚更のことだ。私も大好きだった祖母が癌で告知から3ヶ月も経たず痩せ衰えて最後は起き上がることもできず肉親のこともわからずに死んでいった姿を見ている。人間が死ぬことは悲しいことだが、死んでいく姿を見ることも大変に悲しいことだ。だが、その悲しみはいたずらに他人に吹聴するものではない。死んでいく人間と過ごした時間と、死んだ人間のことを思い返して静かに過ごす時間は各個人のもので、誰とも共有されるべきではない神聖な時間のひとつだからだ。

4年という年月は確かに長い。特に10代後半から20代前半という、太陽の恵みを受け人間が最もエナジェティックである年月をシルヴィネが病い身の弟と過ごしたということは、一面的な目で見れば確かに残念なことかもしれない。だが、その4年間は彼の弟にとってかけがえのない時間だったはずだ。私は彼の弟のことを殆ど知らないが、きっと死の床で弟は何度も兄に感謝したことだろう。彼の4年は弟の命の最後を温かく彩ったことでけして無為なものではなかったと信じる。4年という歳月が与えられたことに、シルヴィネは感謝すべきだ。私の祖母には2ヶ月しか与えられなかった。

だが、シルヴィネと彼の弟の美しい4年間はシルヴィネの嫉妬の暗い炎で今やすっかり灰燼に帰してしまった。どんなに美しい愛情も優しさも人間の利己的な欲望の前にはシルヴィネにはこの4年という年月のずれを消してしまいたいという思いがあるのだろう。自分が社会から4年出遅れていると感じ、焦っているに違いない。しかし、時間は帰らない。何よりもそのことを知っているのは、弟を亡くしたシルヴィネ自身のはずだ。この4年を、4年を弟の看病に費やすことなく過ごしてきた人間と肩を並べ同じ価値観で過ごすことには無理がある。だからといって、自分より4年後に生まれた人間と自分は同じ人間だといっても誰も信じない。彼は確かに4年を過ごしているのだから、その事実は拭いようがない。彼は実感として覚えているだろう。病に苦しむ弟を見つめた4年は、彼の骨髄まで深くしっかり刻み込まれているのだ。それでもなお、シルヴィネは人を羨む。人を羨んで、返らぬ4年を悔やんでいる。そして4年という月日が戻らぬことを知ると、池の底に石を沈めて水面を上げ水が多くあると見せかけるように、自分の4年の歳月をこっそり人との間に忍ばせ、自分の人間を大きく見せかけようとしているのだ。

いかに彼の4年という時間が美徳そのものであったとしても、シルヴィネが池の石として弟の死と4年という歳月と口にする限り、彼の美徳は灰のままだ。彼の4年という時間は、彼の糧となることはなく、永久に彼の足枷となるだろう。池の石と彼の足首はしっかりロープで結わえ付けられているのだ。

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