陽だまりの子

Child In The Sun

026. 蜃気楼(1)

 深夜。ベッドの上から手を伸ばして、蛍光灯の紐を引く。ぱちんと軽い音がして、一段、光が暗くなる。慣れているから、手を迷わせたり紐を捉えられずに苛立ったりすることもない。だが、紐を引く段になって私はいつも迷い始める。
 一段、暗くなった光。
 一人のベッドは広く、冷たく、私はますます一人の念を強くする。彼がこのベッドの上にいる日は、ベッドは暖かく、寄り添う彼の広い肩に私は身をこごめながらも安心して目閉じる。二人で眠る日は、蛍光灯の一番小さい豆電球をつけたまま眠る。これは、煙草を吸う彼が、夜中目を覚ましてライターと灰皿を探すのに、迷わないようにするためだ。
 一人の私は思い切って紐を引く。部屋は闇になる。
 一人のベッドの上、まったくの闇の中、私が目を覚ましても彼はいない。私は煙草を吸わないから、夜中目を覚ましても寝返りを打つだけで、ライターも灰皿も探す必要はない。彼と二人のほの明るい、暖かなベッド。二人の体のにおいと、髪とシーツの擦れ合う音。それが草原とその葉の先を滑る風の音のようだと思う。季節は春か、夏の夜明け。私は夢にその景色を見る。
 私は布団から這いずり出ると、もう一度紐を引いて、豆電球をつけた。紐を引き、手を離したときに少し迷ったけれど、ほの明るい中、なかば強引に手を布団に収め目を閉じる。瞼を透かして私の網膜を照らすこのかすかな光が、私の思いをゆっくりと春の夜空を渡って彼の元へ届けてくれる思いがした。