陽だまりの子

Child In The Sun

015. カレンダー

俺は傷ついているのではなくて、怒っている。そこは勘違いしないでほしい。差別されることは当然と自分では納得している。

知っているか、「差別」は元来「区別」と同じ意味だったんだ。違いを知って、それに基づいて物事を分別する。「理解」するに近いのか? ただ、奴等が今、俺に向けている意識や一番悪い「差別」だ。その言葉の中には、「無理解」と「恐怖」と「優越感」が入り混じっている。俺は、「区別」されることに対しては納得している。俺は俺だからな。自分と他人が違うことぐらい、物心ついたガキでもわかることだ。でも、「無理解」と「恐怖」と「優越感」には反吐が出る。人間は学習する動物だ。そうだろう? それならなぜ「無理解」を「理解」に変えようと学習しないんだ。人間の脳味噌には限界があるからな。勉強したって元が悪ければ、理解の追いつかない部分もあるさ。しかし、奴等は端っから学習するつもりも理解するつもりもないんだ。それは理解しないことで、自分の価値観から俺を押し出し、「変な奴」とレッテルを貼ることで自分の優越感を保持できると本能的に知っているからな。

ただ、「恐怖」についてはどうだ? 恐怖が好きな人間なんているのか? スリルが好きな人間は知っている。自分から進んでジェットコースターに乗るような奴だ。高いところに登りたがったり、自動車をぶっ飛ばしたりな。ただ、スリルは仮初の恐怖だ。本質的な恐怖は人間を何に駆り立てるかわからない。餓死する恐怖に耐えられず人肉を食らった奴がいい例だ。ただ、生命に直接関わる「恐怖」以外は大抵学習することで解消されていく。お化け屋敷に入る。初めはどこから何が飛び出してくるとわからず、びくついているだろう。白い布を被ったガキが出てきただけでも、お前は心臓が口から飛び出すほど驚くだろう。でも、2回目はどうだ? 同じお化け屋敷に入ったとき、どこから何が出てくるか知っていれば、お前はもう「恐怖」を感じないだろう。もうお前は理解して、準備できるからな。

なぜ奴は俺への「恐怖」に対して向き合おうとはしないのだろうか。学習することで恐怖は解消される。それすら知らないのか? 無知なのか? 違うな。奴は面倒くさいだけなんだ。学習する手間を惜しんでるのさ。言い換えれば、俺に対してそれだけの手間を割くことが悔しいのさ。だって、俺は奴にとって優越感を感じられる相手だからな。優越感は醜いが、心地いいものさ。だから、奴は「恐怖」に何か別の皮を被せて、知らんふりを決め込んでいるんだ。俺はそこに怒っているんだ。

俺はそれに傷ついているのではない。その恐怖がいつか奴自身を殺すことを知っているし、今の境遇がそう長く続く訳ではない(奴とも長くても後1年の付き合いさ)。奴の学習のスピードが万が一、このカレンダーに追いついたって、俺は自分の歩みを止めるつもりはない。俺はこことは違う場所へ行く。奴を残してな。奴はここで死ぬまで(そうだ、これが「恐怖」だ!)死人の番をするんだろうぜ。俺は他人とは違う。それだけのことだ。

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