陽だまりの子

Child In The Sun

014. 虹

少し、昔話をする。小学校の同じクラスに、今の私と同じ病気の子がいた。男の子だった。その子の様子がおかしくなってきたことには皆気づいていたが、原因としては風邪を引いたのだろうと思い至ることが精々で、彼のことを誰も理解できなかった。男の子はしばらく登校してから保健室と教室を行ったり来たりして時間を過ごしてきたが、少しずつ学校を休む日が増え、遂に一ヶ月ほど学校に来ない日が続いた。先生は、彼のことを心配する生徒に何も説明しなかった。先生自身も今の私と同じ彼の病気のことを理解できなかったのかもしれないし、まだ精神との対話の少ない小学生の生徒に説明しても要らぬ偏見を呼ぶことを恐れて敢えて話そうとしなかったのかもしれない。生徒は先生の「調子が悪いんだって」という言葉を鵜呑みに信じていた。

「調子の悪い」彼のいない日々が一ヶ月も続くと、彼のいない時間に生徒は慣れてしまって、彼について誰も話さなくなっていた。彼の病気についての関心もそれにつれて薄れ、彼がひょっこり登校してきたときには、普通に接するほどに全員が忘れていた。ただ、戻ってきた彼はもう一ヶ月前の彼とは違う子になっていた。彼の調子が良くなったとは、誰も思わなかったに違いない。

私が彼について覚えていることは少なくて、彼の名前はおろか、顔も殆ど覚えていない。今でもぼんやり思い出すのは、ころんと形のよい頭と、その上に生えた猫毛を坊主にした後ろ姿だけだ。短く刈った髪の毛が、綿毛のようにふわふわと彼の頭の上でそよぐのを、私は後ろの席からじっと見ていた。日の光に当たると、彼の髪の毛は一本一本がきらきらと輝き、頭全体がシャボンの泡のように虹色に映えるのが、私はきれいだと思っていた。

戻ってきた彼のことを少し話す。彼は以前の彼の姿がもう思い出せないほど陰気な子になっていた。話しかけても返事はなく、遊びに誘っても決して乗らず、他愛のない子供の話にも笑わなくなっていた。そして、一ヶ月の間に髪の毛の半分以上がすっかり白く変わってしまっていた。青ざめてこけた頬、深い溜息。もう彼はこちらの人間ではないのだと、誰もが悟った。彼は「調子が悪い」のではない。彼は「もう別の子」だった。

今の私なら実体験として彼の病気のことを知っているので、彼の症状を説明できたかもしれない。だが、たとえ説明できたとしても彼のことを小学生だった私たちが理解できるとは考えにくく、理解したとしても、どう彼と接していけばよかったのか、その羅針盤を私は与えることはできないだろう。一人一人の指の形がすべて異なり、その指でつかむ砂の量は千差万別、変わってくる。指の間からこぼれ落ちる砂と掌に残る砂、それを見て遊ぶ子供と、こぼれる砂に無常を感じて立ち止まってしまう子供、何度も砂をすくおうとする子供。彼らのうちで誰が一番多くの砂を拾い上げるか、砂の量で優越をつける人間は誰もいないということが、小学生だった私に理解できただろうか。

彼とはもう十年以上会っていない。小学校の高学年になってクラスが分かれ、何の交流もないまま中学に入り、音沙汰を聞かないまま別の高校に進学した。時折思い出す、彼のあの美しい後姿。この都会にこれほど人間がいるのだから、私はまた彼に出会うかもしれない。

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