陽だまりの子

Child In The Sun

006. 庭

私は人より苦労したと思う。私は人より辛酸を舐めたと思う。何人かの人は確かにそれを認めているし、自分自身の実感も確かにある。ただ、それが本当に苦労したと辛酸を舐めたと絶対の評価を下す人間には私はまだ出会っていない。

今日は雪だ。雪が降っている。最近、毎週雪が降る。自分の部屋から家の庭に雪の降る様子をじっと眺めていると脳髄がじんと痺れてきて、指先の冷たくなっていることも忘れてしまう。指先の冷たくなるのは窓ガラスに指を押し付けているからだ。暖房で人間が冷気を感じない室内で唯一外気に触れるのは、この薄く透明なガラス一枚だけなのだ。

雪はいつ積もっているのだろう。雪の結晶のどれが積もってゆくのだろう。雪の結晶の一粒一粒は私の目では到底見えない。雪の粒のあるものは溶け、あるものは残り、あるものは半分溶けて氷になる。私の目では判別できない。数多の偶然と一瞬の運命が結晶の行く末を変えてゆく。すべての結晶ごとに、全部だ。私の目では判別できない。

私はガラスの前に座ってじっと外を眺めている。庭に雪がしんしんと降っている。とても静かな夕暮れの一瞬の世界に、雪の運命のすべてが変容していく。私の人生も、70億近い人間の結晶の中では、この雪の結晶よりわずかな存在なのだ。私の苦労も辛酸も、どれほど結晶してもすべてこの雪の中に埋もれていってしまう。あるものは溶け、あるものはそのまま残り、あるものは半分溶けて氷になる。私はどれになるのだろう。溶けて朝日に消えてしまう雪は、めぐりめぐって雨になる。雲になる。天になる。運命を左右する天は雪の結晶の一粒なのだ。

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