陽だまりの子

Child In The Sun

002. 椅子

 死んだ祖母は美容師だった。
 葬儀が終わって、私は制服のまま自宅兼美容室に戻った。美容室の住所録からお得意様の住所を調べて、祖母が死んだことを知らせるためだ。電話するのは、数件でいい。電話がつながらなければ葉書にしよう。
 新聞屋から貰った小さな電話帳をめくっていくと、祖母の字で律儀にお客の電話番号と住所が並んでいた。郵便番号が変更になると書き換え、結婚して住所が変わると新しい姓と住所、電話番号を記し、祖母の電話帳は連綿と続く。
 私は受話器を取り上げて、あるお客に電話しようとして、ふと気づいた。お客の名前の頭に、ボールペンで黒い○の記されているものがある。よく見ると細かい字でその横に日付が記されている。何だろうと、私はぺらぺら電話帳をめくっていった。何件かの名前に、同じく黒い○と、日付が記されている。指でそのお客の名前を辿っていくうちに、私はふと思い当たって、別のファイルを探した。そのファイルには、喪中の葉書ばかりが綴じられている。ああ、これも。これもだ。電話帳の黒い○は、すべて死んだお客の名前の前につけられていた。祖母は、死んだお客の名前に一つずつ○と、その亡くなった日付を記していたのだ。
 私は、ぱたんと電話帳を閉じた。今、これ以上、人の死を知らされるのは悲しすぎる。それは、死んだお客の家族も同じだろう。死人の髪は伸びない。私は美容室の椅子で、自分の髪に触れ、滂沱たる涙を流した。