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陽だまりの子

Child In The Sun

山とどろく咆哮が聞こえ私は目を覚ます虎がやってきた 月日を見失うほど遠い昔虎は私を殺して食べた湖に浮かぶ月影だった私を 殺されること食われることそこに恐怖はなかった夜に聞こえる千万(ちま)の声のひとつになること季節のめぐりにさざめく魂のひと…

私の胸を求めて差し出された白い腕空腹の子よ乳を口に含んで満ち足りて目を閉じる 私は与え私は失い私は力尽きる 早晩 与える乳は未来への尽きせぬ思い情熱 理想 夢私のすべてで濁っている 生の終わり魂の最後のまたたきを私の胸から味わっている明日そのも…

まどろみ

私は道をたどり世界の体内に入る空気は重く息苦しいが私は少し安心する雨がやんでやがてバスが来る私は移送されるただひたすらに世界の中を闇の中もバスは走る目の前バスのフロントガラス越しに見える景色は雨上がりとてもきれい濡れた路面にヘッドライトが…

窓を開く女 窓を閉じる女 窓の傍にたたずむ女 窓から離れてうずくまる女 窓を見やる女 窓をふさぐ女 すべての窓は壁に生まれ いくつかの窓は空に通じる 窓から手を差し出せば 柔らかな雨 花の香りを運ぶ風 雲間の光 鳴きかわす鳥の声 世界の息吹が 女の心を…

宵闇の波の音だけ 静かな夜 葉擦れの音も聞こえない 自分の呼吸の音を頼りに 私は自分の喉に手をのばす ここに何かが巣食って 寄生している 私に何かを言わせようと そのために私をまだ死なせないのだ 私はあなたに何度もたずねた ここに何もないのか 本当に…

夏の雨

開かれた瞳 閉じられた掌 水晶の汗を滴らせて 小さなあの子は血反吐を吐く 父よ母よと呼びながら 地獄へ行くのはどの子 夏の雨が波紋を描く 陰鬱な温度 灰色の水分 どぶは血の海 雑草は針の山 蝶を花を夢見ながら 地獄へ行くのはあの子 苦悶の腕が夜空を抱く…

青鈍色の経血は

心臓が肺の間からすべりだし 胃にのしかかり肝臓をつぶして 腸をかきわけ 足の間から転げ出る 青鈍色の経血は 生命になり得なかった心臓を失った私は 内臓をひきずりながら その心臓を片付ける汚穢はポリエチレン 血はビニール 燃え残るのは有害なかさぶた私…

カラス

光なく影なく人の声もなく 耳に届くは風と波の激しくも懐かしい声 筆の跡も生々しい空気の流れと 頑なにそれを溶かそうと景色にむしゃぶりつく雨粒名前も知らないこの土地で 私は行く場所も知らないのに 雨風にされるがまま茫然として だが安心しているのは…

証立て

すべての命に終わりがないこと 置き換えられもしないこと それだけが私の救い私は実に無限の時間に生きて 自分の終わりも知らずに死ぬだろう 死が命の終わりでないことを知っているから 恐怖も知らずに死ぬだろう 真実にたどりつくことがないことを それ自身…

愛の世界

答えのない 愛の世界 問いかけるだけゆくあてのない 命の世界 探し続けるだけ報いのない 理想の世界 与え続けるだけ

マグノリア

花開くその日に 雨降れば 水が池となって 花のうちに虹がかかるのを 小鳥だけが知っている 太陽はそれを惜しみながら 自分の手を伸ばし 花より水をそっと掬い取る 次の生のために

私を覆う闇は 私だけのもの ちょうど私と同じ大きさで 影のように離れずにいる私の目から光を 私の両手から水を 私の耳から音を 闇はそっと取り上げる それが彼の義務なのだ闇は私自身と同じ大きさで 影のように離れずにいる 抜け出す方法など誰も知らない …

人生の正邪

真心と良心を失って 足の向くまま闇夜を彷徨うときも 人生は正しいのだ 人が土を踏みしめ歩く限り 大地は無限に生命を創造する 私たちの足音のリズムに合わせ だから 人生は正しいのだ

桃色の夢

午前四時 冷蔵庫から 君の 桃を 失敬舌の上で とろける 蜜 君の 吐息の においが する午前四時 君は 眠っている 薄紅(うすくれない)の 目蓋の下で 桃を 食べる 夢を 見ながら

緑の光

日月とともに蔓を伸ばすイラクサの中で 鈍るだけの刃で 鳥よりもなお 獣よりも激しく 自由への渇きを訴えて 緑の光の中で 銀の刃を手に 人間が自らの手で道を求めている独立への飢えが ひたぶるに彼を駆り立てる 鈍らの刃と生命の涯は 理由ではない 本能で彼…

填め込みのガラス

填め込みの曇ったガラスから 春の陽光が差し込んで ソファの上に規則正しく並んだ 患者を映す お互いの目に濁った光の中で お互いを監視しているのだ この戦場から誰も逃げ出さないように 逃亡は死だ 私たちは生き残るのだ戦いの末に 死を望む者はいない敵が…

衆合地獄

階段を昇る昇る昇り詰める 振り返れば愛しい者の姿 なれども彼の影は炎 眼は星の光 炎すら凍てつくほどの 彼は天窓から身を乗り出して愛を叫ぶ 堕ちてゆく彼の恋人 彼の愛しい者

鐘楼

高層ビルの最上階に 誰も忘れた鐘楼がある 朝な夕なに鐘は鳴るが 人にその音は響かぬ 鐘はもう人のものではないので隣の教会の中では 頭に霜を置いた牧師が しきたりに則って婚礼を進める今、私の前で結婚するのは 雨粒と霧 朝靄と風 ひとところにはおられぬ…

赤い光

春の夜明けに目覚めるのは 希望だけではない 絶望も ともに目を覚ます瞳を開けて現実を 穴の開くほど見つめれば 必定 空想の世界にトンネルが開く私には翼がない だから天使ではない 私には角がない だから悪魔でもない 私は一人の人間で現実と夢の狭間に生…