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陽だまりの子

Child In The Sun

美しい果実

私は旅をしている。美しい果実を探して。幼いころ、寝物語に聞いた話。その果実を食せば、その人間には人外の力が備わるという。その果実を食し力を手に入れた者は、自らの望みをかなえたという。 「あの木さ」 子どもが指差したのは低い落葉樹。ほとんど葉…

月侍童

狩の途中、野営を抜け出した王は宵の月に誘われるように川辺へ赴いた。侍童もつれず、ひとりで。背の高い芒がざわざわと風もなく揺れて、王の訪いを知らせる。 「王様だよ」 「王様だ」 「姿を隠すのだ」 「無礼があってはならぬ」 王は、誰もいない川辺で水…

五色の山 - 西の金の山 第6話

この山には古くから黄金の鉱脈があり、その坑道の入り口間近には一宇の堂が物古びた様子で建っている。そこには堂の守をする類という青年が一人住んでいた。色褪せた浅葱の袴に豊かな黒髪を頤の線で束ね、堂の内でいつも静かに見台に対し、古記録を読んでい…

五色の山 - 西の金の山 第5話

この金の山はそのまま金塊と言ってよいほどの豊かな鉱脈に恵まれていた。露天掘りでそのまま掘り出す黄金で町は富み栄え、絢爛と狂奔のうちに繁栄の日々が続いた。 絶壁の上に類は立っている。飛び降りるのだと言う。彼は先祖代々築き上げた富を今夜、博打で…

五色の山 - 西の金の山 第4話

西の金山には一つの鏡が埋まっている。 その鏡はその山の麓に住まいする類という美しい青年の持ち物であった。その鏡は差し渡し八寸、中央のつまみは麒麟が蹲った形をしており、つまみの四方に亀・龍・鳳・虎が、それぞれの方角に鋳出され、その外側にはさら…

五色の山 - 西の金の山 第3話

金山の麓に住まいする女が病に罹った。左脇の下に腫物ができて、それが酷く痛むのだという。微熱が続き、女は次第に痩せ衰えていった。薬餌及ばず、鍼灸も至るあたわず、病膏肓に入らんとするとき、殿医がそこに通りかかった。彼が黄精を搗き、酢で練ったも…

五色の山 - 西の金の山 第2話

金山の麓の国に類という青年があった。大層な美貌であったが、いつもその黒髪を両肩に捌き、長い裳裾をつけ、山野を徘徊していたために寄る者はなかった。 ある日、類が山に入り薬草を採っていると、村人の一群と出会った。彼らも薬草を採りにこの山に入った…

五色の山 - 西の金の山 第1話

まだ天と地が分かれて間もない頃、空には太陽なく月なく、また星もなく、ただ大地から発せられる茫漠とした金色の光が虚空を満たしていた。 その地を耕す類という少年がいた。彼に両親はなく、その素性も判然としない。類は一人、村外れの藁葺の小屋に住まい…

五色の山 - 南の赤い山 第5話

お庄屋の葬式は盛大なものだった。その葬式に、このお縫もいた。 大きくなった。神主と目が合うと、お縫は嬉しそうに笑う。ただ、毎日笑って花を手折っているだけの、何の害もない一人の娘をこうして死なせねばならぬのか。思わず神主の目から涙が溢れた。 …

五色の山 - 南の赤い山 第4話

神主の袖を握って、お庄屋は言った。 「これ以上の生贄は無理だ」 部屋には病人の饐えた体臭と、薬包紙の乾いた匂いが立ち込めている。病人は頻りに咳き込んだ。黄色く濁った目は、頻りに瞬きを繰り返す。 「お前はこの生贄が何故始まったか知っているか」 …

五色の山 - 南の赤い山 第3話

お縫は、手を引かれ笑いながらやってきた。その後ろから白い馬が牽かれてくる。 境内には村の若衆が満ち満ちている。言葉を発するものは誰もいない。降りかかる灰を払おうともせず、熱っぽい眼差しで正殿をじっと見つめている。 正殿の中では、数人の巫女と…

五色の山 - 南の赤い山 第2話

「今年も閏年だ」 と、誰かがぽつりと言った。 「そうだ、今しかない」 「山神を静めるのは、今このとき」 「夏至は今宵だ」 しかしな、と神主が口を挟んだ。 「お庄屋は、この生贄に臨終の間際まで異を唱えておった。このような風習は一刻も早く止めるべき…

五色の山 - 南の赤い山 第1話

ちらちらと灰色の破片が空から落ちてくる度に、農夫たちは溜息をつく。 「またじゃ、今年もまた駄目じゃ」 「いっそのこと、この地を捨てて……」 「何を言う、先祖伝来のこの地を捨てると言うのか」 みるみるうちに日は陰り、姿を消す。 「そうじゃ、この灰も…

五色の山 - 東の青い山 第5話

丑三つを過ぎてまだ幾らも経たぬうちに、父と娘の二人は起き出した。父が朝の行があると娘を起こしたのである。娘は井戸で顔を洗うと、身支度も早々に父の後について歩き出した。父は杖一本ながら、慣れた道なのか、険しい道をものともせず、すたすた歩き続…

五色の山 - 東の青い山 第4話

哀れなるかな悲しむべきかな、父の目は既に潰れていた。 「ああ、如来の秘薬をもってしても目の病は癒えませんでしたか」 娘の声が絶望に曇る。父は自分の袂を握る娘の手を辿り、その柔らかな頬に触れるとさもいとおしそうに娘の顔を撫でた。 「この寺に伝わ…

五色の山 - 東の青い山 第3話

案の定、娘はともに行こうという主人の申し出を固く断った。 「昨日は思いもかけぬ丁重な接待を受け、これ以上のお世話はかけられませぬ。青山寺にはわらわ一人で参ります」 「どうしても断るというのなら、同道ということではどうじゃな。わしも久しくあの…

五色の山 - 東の青い山 第2話

夜、囲炉裏を中に先程の嫗と一人の年老いた男、娘の三人が座っている。鍋に雑炊が煮えていて、娘は木匙をふうふう吹いて、鉢から雑炊をかき込んだ。 「まだ幼いのに、実に感心なことじゃ」 男は自分の顎鬚をゆっくりと撫で、白湯を啜って息をついた。遠く平…

五色の山 - 東の青い山 第1話

汚れた脚伴に六角の杖ついて、陽炎の中、一人の巡礼がやってくる。頭上の笠にも背中の笈にも夏の日差しは過酷に照りつけ、巡礼の頤から玉のような汗が滴り落ちる。水田の面からゆらりと立ち上る蒸気に幾つかの茅葺の屋根を認め、巡礼は一つ息をつく。切り絵…

五色の山 - 序

東には草繁る青い山、南には赤く燃え盛る赤い山、西には白く輝く金の山、北には満々と水を湛えた池を抱いた黒い山、そしてその四つの山の真ん中に一際高く聳え立つ砂塵吹く黄色い山があった。 其々の山が其々の地にいつ現れ、いつその形を成したのか、知る者…

人魚 第11話

数日後、海から引き上げられた母親の車からは言い知れない臭気が漂った。遼子はけして中を見なかった。母親と弟の遺骸は荼毘に付され、白茶けた骨が墓に入った。呆けたように「助けられた」と繰り返す遼子は、職員に手を引かれ施設に入った。 遼子は心中する…

人魚 第10話

「私、きっと思い出すわ」 ペンギンのぬいぐるみを見て、小さな赤ん坊が声を上げた。赤ん坊を抱く母親は遼子にちょっと笑いかけて、言葉がまだ通じない赤ん坊にペンギンについて話し始めた。 「ペンギンは南極にたくさんいるのね」 遼子はなぜかその親子から…

人魚 第9話

水族館のペンギンの檻の前、私は一人助かって孤独だった。みぞれ雨がべしゃべしゃ降り出して、ずぶ濡れの私はくしゃみをした。全身から海のにおいがした。 「私はもう死んだ方がいいの?」 人魚のくれた力で私ははっきり話すことができた。 「どうして。一人…

人魚 第8話

そうだ。思い出した。私は車で海に飛び込んだんだ。車を運転していたのは母だった。私は弟と二人で後ろの席に乗っていて、二人で飴を舐めていた。母親はガードレールの途切れている道路を何度も往復して、それから何か思い切ったようにアクセルを踏み込んで…

人魚 第7話

どうしても思い出せない記憶を探ろうと、遼子は自分の拾われた水族館に出かけた。土曜日の水族館は親子連ればかり、カップルは存外に少ない。何組かの睦まじい男女は若く、大学生だろう。遼子は自分のハンドバッグを両手で握って足早に館内を過ぎる。熱帯魚…

人魚 第6話

私はずぶ濡れでペンギンの檻の前に立っていた。雨に濡れたのではないとしたら、考えられることは二つ。あの水族館の近くの池か噴水に落ちて濡れてしまったということだ。そしてそのままペンギンの檻の前にやってきた。もうひとつはどこかの水場に落ちて濡れ…

人魚 第5話

遼子は食堂に戻り、ビールを注文した。おかみさんが盆に中瓶とコップを載せてよちよちやってくる。 「おかみさんは思い出したくないことってある?」 いいや、とおかみさんはかぶりを振って向こうへ行ってしまった。私は思い出したくないことを思い出さない…

人魚 第4話

遼子は傘を差して港に来た。食堂から五分と歩いていないのに、もう手先がかじかんできた。冬が近いのだ……。人気のない港をヒールの音を響かせて歩く。海はいくつもの波紋を落として静かだった。遼子は船と船との切れ間に眼を凝らしながら進んだ。イルカの影…

人魚 第3話

遼子は一人暮らしなので、夕飯は外で食べるか簡単なものを家で作るかのどちらかだ。最近は仕事が立て込んで帰りが遅くなることが多いので、家の近くの食堂で夕食を取ることが続いていた。海の近いこの食堂は毎日新しい魚を出してくれるので、遼子の気に入っ…

人魚 第2話

遼子は捨てられた子供だった。水族館のペンギンの檻の前に捨てられていた。自分を捨てた親の顔は覚えていない。だが、その日の天気ははっきり覚えている。冬の始まりの暗い午後だった。雪混じりの冷たい雨がべしゃべしゃと水溜りに落ちて、ペンギンがプール…

人魚 第1話

秋雨の冷たい午後にマスクをはずして外に出る。今日で三日も太陽を見ない。遼子は雨に濡れた鉄柵に両手をかけて、ぐっと伸びをした。憂鬱、オフィスに戻りたくない。コーヒーを飲んでもコーラを飲んでも、この喉に詰まった重い塊はどうしても取れない。 憂鬱…